あれから僕は猛勉強をして、かねてから興味のあった考古学専攻の大学へ入りなおした。
両親はもちろん反対したけれど、僕の熱意に押されてやがて認めてくれた。
今は大学を卒業し、研究室に入って教授の下で勉強している。楽しいことばかりではないけれど、毎日が充実し、一歩一歩を噛み締めて歩いているといった感じだ。
あの夜のことは、今でもときどき思い出している。あの出来事がなかったら、僕は今でも部屋にこもっていたかもしれない。自分と言う名の殻の中に。
天使はあれきり姿を見せないけれど、人生で一度でも天使に出会えたというのは人類の中でも最高にラッキーな部類に入るだろう。
ああ、ひとつだけ、僕の思い出話に訂正を入れるのを忘れていた。
天使が最初に変身した小さな女の子。彼女の最高傑作の泥団子は、押入れの奥の僕の思い出箱の中にしっかりしまってあったんだ。布に包んで、ぴったりの大きさの小さな箱に入れて。
去年の暮れ、年末の大掃除のときにそれを見つけた。まあだからと言ってそれで僕の株が上がるわけではないが。現に僕は泥団子を押入れの中から見つけるその瞬間まで、すっかり忘れていたのだから。でも、捨ててはいなかったということでいいことにしようじゃないか。
ちなみにその泥団子、包んであった布を剥いだらその瞬間に崩れてしまった。だけどいいんだ。僕がその泥団子を忘れることはこの先きっとない。きっと。
さて、読者諸君、あなたは僕と天使の邂逅を信じてくれただろうか。
いや、まあ、すぐに信じろと言う方が難しいのかもしれないが。
しかしこれはまぎれもない真実の話だ。少なくとも僕の中では。
あなたも霧の濃い夜は気を付けた方がいいかもしれない。センチメンタルなその心の隙を付いて、天使は音もなくやってくる。あなたが忘れてしまった大切な思い出たちを抱えて。
そして気付かせてくれるだろう。
あなたが見落としていた何かを。
灰色ブランコ
end



