「あの人…、走れんの?」
「やだ、結構失礼だな。走れるも何も……」
…と、落合が言いかけたその時に……。
スタートの音が、高らかに鳴り響いた。
ほんの……10数秒間の世界。
普段見る惚けた姿はまるで嘘のように……
風を切って、
真っ直ぐに。
綺麗なフォームを保ったまま……
後ろをどんどん引き離していく。
あっと言う間の…、ゴール。
タイムを確認したのか、その瞬間……
驚くくらいに華やかな笑顔で……笑っていた。
「……………。」
目が…離せなかった。
「速いでしょ。なんせ陸上部期待の星。」
「…………。」
「そこらの男でも敵わないかもよ?柚は中3の時この種目で全国制覇したから。」
「……!マジか…。」
「…意外だった?」
「………。まあな。」
曖昧な返答をしたのは…。
意外というよりも……
妙に納得したから。
どんなにグースカ寝ていようと。
自分の戦い舞台では手を抜くことはない。
『能ある鷹は爪を隠す』
恐らく自然とそんな風に…
自分のリズムを整えているのだろう。
「中学とは練習量が違うから…、まだ身体が慣れないんだろうね。だから大目に見てやって?」
「……え。」
「いい意味でも悪い意味でも真面目なとこあるから……。今日みたいなことも、多々あるの。」
「……それ、アンタが言う?」
そんな彼女を上手いこと学級委員に仕立てあげたのに?
「……幼なじみの特権。私は許されちゃうからいーの。それに……、できないことは与えない主義ですから。」
「……へぇ。上手いこと生きてんね。」
「…………。私からしたら…貴方もそう見えるけどね。」
落合はにやり、と笑って……
それから、
「なんか嫌な予感がするから……、とりあえず忠告。」
「…は?」
なんだソレ?
「二人を傷つけることがないよーに!」
「………?二人?」
「いずれ…、解るよ。…じゃあ、私はこれで。」


