「11秒36…!」




「おーっ!」と、周囲からの歓声を受けながら……



私は、タオルで汗を拭った。





「上原、アンタすごいじゃん。日本記録も夢じゃないかもよ?」




陸上部の篠塚先輩が笑顔とは裏腹に目をピクピクと引き攣らせて言った。



「……まだまだです。」



走りこみすぎたその足の付け根を叩きながら、私は答えた。




「………あ。」




グラウンドのフェンス越しに……




結の姿。




「ゆいー…!………って、あれ?」



大きく手を振るが……、


空振り。



結は……
あさっての方向を見ていた。




「………。」



その視線を辿る。




「……野球部…?」



そこには……



野球部員が、必死に白球を追う姿ー……。




野球部……


野球部……?



あっ、
野球部!


私はついに、思い出す。




そうだよ、『里中』!
あの人確か……



野球部じゃん!



「…結、そんなにあの人のこと……。」


途端に、罪悪感に苛まれる。




おかげでこの日の部活は集中できず……



好記録を維持していた100メートル走のタイムもガタ落ちだった。





「お疲れ様でした~!」



トボトボと一人で帰るその道が……


長く感じた。




何とかしなきゃ…!


…と、思ったのは次の日で……


告白から既に2日たっていた。



その日の朝、私は結の髪をピンで留めながら…



「私に任せて、結!」


…と、意気込んだ。



「??そんなにかわいくしてくれんの?」



鏡の中の結の頬が、ほんのりピンク色になっている。



…結は…、可愛いよ。



「…ありがと。柚も可愛いよ。」



「あれ。声に出てた?」



「出てた出てた。」



「…結が羨ましいよ。」



何だかんだで、優しくて…可愛くて…、何より素直で……。



私が男だったら、やっぱり結に惚れるな。




「私は柚がいいけどね。」



「………?!」




「…ひとり言は胸の中でお願いね。」




どうやら本当に声に出してしまったらしくて……


「…そういう隠し事ができない所が可愛い。」


結に励まされる形になってしまった。






その日の髪型は……



何故か私の方が気合いの入ったものに仕上がっていた。