私は……
一度置いた手の位置を替え、
鍵盤に……
指を降ろした。
奏でるその音は、いつも弾き慣れているそれではなくて……
目を瞑り、
彼女が歌うその声に……
自分の音を重ねる。
「……お前は馬鹿か…?」
背中に降る声に、一瞬手が止まりかけたけれど……
そのまま、私は続ける。
「…その曲が聴こえてきたから……一瞬、結が弾いてんのかと思った。」
中道の口から結の名前。
でも……
動揺なんてしない。
…したくない。
指が勝手に動くから……
視線だけを、中道に送る。
なんて切なげなカオしてんのよ……。
「ソレ、俺らのライバルの曲。これ以上……弾くな。」
奴の大きな手が、私の指を制する。
「……もう少しでいいとこだったのに……。」
私はゆっくりと……
その手を離した。
「待たせてごめん。」
「……大丈夫。待ってない。」
「……。かわいくねーな。」
「それはどうも。」
どんなに憎まれ口をきいたって……
それが嫌なわけではない。
「…体調は?」
「大丈夫、バッチリ。」
「なら、早くあわせようや。」
「……ん。」
さっさと終わらせて…
早く帰りたいってことかな…。
「明日に備えて、お前には万全になってもらわないと。」
「…………。」
馬鹿だなあ、中道。
こんな時に優しい言葉なんていらないのに。
いつもみたいに罵り合って、それで勇気づけられるんだからそれで十分なのに……。
こういう時に、
見せなくていいんだよ?
アンタの、本当の姿。
「…じゃあ、早速…はじめますか。」


