その場に立ち尽くしたまま、定まらない焦点で虚空を見つめる俺にそう言い残し、お袋は奏の親父さんの後ろを付いていった。



今にも壊れてしまいそうな程、大声を上げて泣いている一葉の脇に座り、イトさんが居る処置室の扉を見つめる。



何も考えられない…。



イトさんが死んでしまった…。



もうイトさんはこの世界に居ないのだと、信じ切る事が出来ない。



嘘だ…誰かにそう言って貰いたくて、心の中で何度も呟いていた…。



イトさんの優しい声。イトさんの俺を気遣う声。深い皺を顔に刻み、笑いかけてくれるイトさんの笑顔。



それがもうこの世界に存在しないだなんて…。



これからも、イトさんが作ってくれる手料理が食べたいよ…。