シャクジの森で〜青龍の涙〜

ウォルターが何かを命じてる声が、微かに聞こえてくる。

視線を向けた方に何があるのかちっとも分からないけれど、今は危険な状況にある、ということは十分に伝わってきた。

エミリーは、シャルルの紐とアランの服をしっかり掴んで、言われた通りに息をひそめるようにして、じっとしていた。

そうしていると、じきに身体を包む腕の力が弱まり、服に絡めていた指が優しく解かれていった。



「エミリー・・・少々怖い思いをさせたな?」

「なにが、あったのですか?」

「・・・盗賊の類いだ。旅にはつきもの、だな。対処は兵たちに任せておけば良い」



車列の大きさに惹かれて、様子を見に来たのだろう。

そう言うアランの声は、落ち着いたものに変わっている。



「とうぞく・・・」



武器を持って、旅人たちを襲う集団。

人質を取って金品を盗むこともある、野蛮な人達。

人の命を物ともしないようなイメージがある。

物語や映画で、事前の講義で、十分に見知っていたもの。

それが一気に身近に感じられて、エミリーは今更ながらに恐怖を感じ、アランの袖をきゅっと掴んで身体を寄せていった。

結婚前に攫われたときの記憶が、鮮明に思い出されたのだ。

お腹の辺りが、妙に、冷たい。



「アラン様・・・」

「どうした?これは、予想以上の反応だ。やはり言わぬ方が良かったな・・・安心せよ」



兵達は、対処に慣れておる。

君はもう怖がらなくても良い。

誰が、守っておると思っておる。



そう囁くように言いながら、大きな手が頬を包み込む。

そのぬくもりと優しさを湛えたブルーの瞳が、緊張していたエミリーの身体を一気にほぐしていった。


そう、今は、あの時とは違う。

誰よりも信頼できるアランが傍にいるのだ。


「・・・頼りにしてます」と言うと「そうだ。君は、それで良い――」と、額に唇が落とされた。



「そろそろ行かねば、館長が首を長くして待っておるな」



アランの視線が、ふと足元に落ちた。

そこには、毛づくろいに勤しむシャルルがいる。

人の動向なんてどこ吹く風な風体で、しきりに顔を洗っている。

マイペースな様子に心が和んで、笑いが込み上げてきた。

「シャルル」と呼びかければ、顔を上げて「ニャー」と鳴いた。



「シャルルも、待たせているわね」

「先に行かせた者たちも、食事がお預けになっておるな」

「ぇ・・おあずけ・・・?それは、大変だわ。アラン様、早く行きましょう」