シャクジの森で〜青龍の涙〜

いつものように差し出された腕。

それにそっと乗せるエミリーの手を、もっとしっかり掴まれとばかりに、大きな掌がぐぐっと抑え込んだ。



「私が良いと申すまで、君は、絶対にこの手を放してはならぬ」



何があっても、だ。

その、いつにないことに驚いてしまい、エミリーは返事をするのも忘れて見上げてしまう。

さっきまでとは違った、真剣さを帯びたブルーの瞳が真っ直ぐに見つめている。



ここは、平和な城の中ではないのだ、何が起こるか分からない。

しっかりと掴まり、決して離れるな。



アランは多くを語らないが、エミリーに向ける瞳と行動には、そんな思いを込めていた。



「良いな。分かったな?」

「・・はい、何があっても、ぜったい放しません」



エミリーには、さっき転びかけたことは、アランにとても心配をかけてしまっていると思えた。

痛いくらいにぎゅっと握っている武骨な手。

その掌から伝わってくる温度はとてもあたたかくて、アランの心の中そのもののように感じる。

怖いお顔で叱られることが多いけれど、それは全部エミリーの身体を気遣ってのことなのだ。

安心してもらえるよう、微笑みながらもしっかりと答えて、包まれてて動かしづらいけれど、精一杯に、ぎゅぅっとつかみ返してみせた。

そうすれば手は放され、すぐに移動を始めるだろうと思われた。

けれど。

アランは、何故だかそのまま動かずいる。

向けられる表情はますます真剣になっていて、しかも、手の力はゆるまるどころか、却って強まっていて―――



「・・・ぁ、アラン様?あの・・少し、いたいです・・・」



遠慮がちに訴えると、すぐさま力が抜け、そのまま優しく摩ってくれる。



「すまぬ、つい――――私は、本当ならば君を―――――っ・・・」



何かを言いかけてすぐに口を噤んだアランの瞳が、急に鋭い光を帯びて、ある一点を睨むようにして見た。

つられて同じ方を見てみると、木があるばかりで、他には何も見えない。



「・・・?なにが―――」


―――あるのですか?は言葉とならなかった。


しっかりと腕に掴まっていたはずの手はいとも簡単に外され、逞しい腕の中にすっぽりと入れ込まれる。



「君はこのまま動かず静かにしておれ」



早口でそう言われるのと同時に、そばにいるウォルター達のざわめきが聞こえ始め、ざくざくと土を踏む音が近くで止まったのを感じた。

どうやら、警備の壁が作られたよう。



「アラン様、これは・・・」

「あぁ―――だが、この程度ならば大事には至らぬだろう。念のため、警備を強めよ」

「承知しました」



緊張感を伴った、内緒の声で交わされるアランとウォルターの会話。

鳥の声が聞こえる静かな広場に、緊迫した空気が流れた。