シャクジの森で〜青龍の涙〜

サリーは抱き締める仕草をしてカラカラと笑って、目の前を通り過ぎていく王子の馬車を見上げた。


氷のように鋭い気を放つアラン王子が、この中にいる。

幼い頃からの知り合いで、親しく言葉を交わせる唯一の一般人であるサリー。

恐れ多くも幼馴染と言える関係で、成人になる前のアランは、市場に来るたび、店に寄ってくれていたのだ。

世継ぎの儀式を済ませてからは仕事が忙しくなったらしく、とんと御無沙汰だったけれど。


婚儀後に、二人一緒に店を訪れてくれた時にアランが見せた様子は、今でも一つの映像としてしっかりと焼き付いている。

以前よりもぐっと逞しくなっていた腕は、ほんわかとした可愛らしい王子妃の身体を常に気遣っていた。

それはもう、壊れものを扱うように。


そう。あの怖いお方が、王子妃にだけは、違う表情を向けていたのだ。

だから、初の旅行で、不安もあるだろう妃を気遣い、例え馬車の中であろうと傍にいて守ろうとする筈だ。

それが―――



「別々に、乗るなんてねぇ・・・ちょっとした揺れでも、支えそうな感じなのにさ・・・」



ウォルター団長とシリウスが騎馬し、沿道に鋭い瞳を配りつつ守る白い馬車は、王子のものよりも厳重な警戒に見える。

サリーだけでなく、誰にでも、あそこに王子妃は乗っているのだろうと思えた。



「きっと、何か事情があるのだろうさ。王家のなんたら・・・てやつだろ。下々の者には、わからんことだ。ほら、サリー、王子妃様が行っちまうぞ」

「・・あー、なんだいっ、大変じゃないか。王子妃様ー!!いってらっしゃい!帰りを待ってるよ!」



人でいっぱいの中、サリーは伸びあがるようにしてぶんぶんと両手を振った。

白く輝く車体の窓からは、中は覗き見えない。

呼びかければ、顔を覗かせてくれるかも・・と思っていたけれど、哀しいかな、サリーの声は他の民の声と混じり、中には届いていないようで、何の反応も返ってこない。

それにめげずに、サリーは通りすぎていく馬車に向かって、精一杯に声を上げながら大きく手を振り続けた。


馬車はゆっくりと、でも確実に遠ざかって行く。


サリーは腕を下ろして、ふぅ・・と息をついて腰に手を当てた。



「王子妃様、気付いてくれたかねぇ・・・」

「あぁ、きっと届いてるさ」



穏やかな春の日、こうしてエミリーは、民たちに見送られながら外国へと旅立ったのだ。