シャクジの森で〜青龍の涙〜

柔らかな春の日差しが射すギディオンの街の中を、一つの車列が行く。

ウォルター達の団が警護を務め、馬から荷車に至るまで、全てに王国の印が施された列は何処までも長い。


2頭の騎馬を先頭にして進むそれの中で、一際に目立つのは、黒塗りの大きな馬車だ。

この日の為に丹念に磨き上げられた車体は、日に当たり艶々と艶めく。

それはもう鏡のようにぴかぴかで、沿道に居並ぶ人々が映り込むほど。


風にはためくギディオンの旗と金で造られた紋章がキラリと煌き、そこにあるだけで静かな威厳を放つそれは、勿論、王子、アランのもの。


毎年この時期に、外国に出掛ける王子様。

例年ならば、頭を下げて見送るのを、今日ばかりは皆顔を上げて精一杯に手を振っていた。

その表情には笑顔が見られ、時折声を上げるその様子は何とも嬉しげで、街全体がわくわくとした雰囲気に染まっている。

その原因は、そのあとに続く白い馬車にある。

黒を基調にした車列の中で、唯一清楚に光る車体には紫の薔薇が一輪描かれており、柔らかな曲線を描く金の装飾は、一目見て王子妃のものであると分かる。

全体に丸いデザインはとても優雅で、不思議なもので、ひく馬までが楚楚としているように見える。

馬も、メスに違いない。



城の奥深くに存在し、滅多に姿を見られない、美しいと評判のエミリー王子妃様。

その、氷の王子を射止めた麗しいお姿をチラッとでもいいから目にしようと、誰もが瞳を煌かせながらこの馬車が通るのを待っていた。

婚儀後、王子妃が公に城から出るのは初めてのこと。

騎馬たちが厳重に四隅を囲むそれを追うように、民たちの歓声も視線も動いていく。



「王子妃様ー!」

「お気を付けていってらっしゃいませー!!」

「王子妃様ー!!お体にお気を付けてー!」



紙吹雪を投げる者や、駆け寄って贈り物を渡そうとする者までいて、警備に取り押さえられている。


熱狂的ともいえるその人波の中に、『喫茶空のアトリエ』の店主サリーも、父親のスミフと共に混じっていた。


皆と同じ様に笑顔で精一杯に手を振って見送るその表情が、ふと不思議そうなものに変わり、隣に立つ父親を見た。



「ねぇ、スミフ。王子妃様の馬車があるってことはさ、アラン王子とは別々の車に乗ってるってことだよねぇ?」



そう言えば、スミフも笑顔を止めて首を傾げる。

二人とも、アランの馬車に一緒だと思っていたのだ。

多分、ここにいる多くの民も同様だろう。




「あぁ、そうだな・・・王子様にしちゃ、珍しいな?」


「そうだよ。肌身離さずに、こう・・ぎゅうぅぅーって、くっついていそうなのにさ?」