「―――エミリー・・」


普段よりも、遅い朝を迎えようとしていた。

塔の中でも一番に警備の厳しい3階。

王子の部屋と、正室である王子妃の住まう部屋のある階。


外は既に明るくなっているというのに、未だ薄暗い部屋。

その中でも、中心よりも窓側の位置にある天蓋付きの立派なベッドだけが、うすぼんやりと明るくなっていた。


そのシフォンのカーテンの中で、王子アランは、自らの腕の中で眠る最愛の妃の名を呼びながら柔らかな頬をそっと撫でていた。

枕元の灯を最小限に点した中はほんのり明るく、王族の特徴でもある深い青色の瞳は、妃の身体の輪郭をはっきりと捉えていた。


ふんわりと広がる豊かで艶やかな金髪、か細い肩、ふっくらとした唇。

細い中にも柔らかな丸みを帯びた身体は、昨夜も存分に愛したばかり。



「これはやはり、眠らせるのが遅すぎたな・・・」



我を忘れ柔肌を幾度も求めてしまったことを反省しつつ髪を撫でるその心中は、“さぞかし疲れているだろう”と、このまま寝かせておきたい気持ちで一杯だった。

が、以前に少しばかり大変な出来事が起こってしまってからは、余程のことがない限りこうして起こすことを試みている。



そう。

あれは、新婚ほやほや時に一日貰った休日のこと。

美しいアメジストの瞳を潤ませ“朝目覚めた時にアラン様がいないと、とても寂しくて、哀しいの”“ほんとうは、妻らしくしたいの”等々と、心臓を射抜かれるような、何とも愛らしいことをこの妃は言ってくれたのだ。

そうだったのかと、大きな衝撃を受けたその日からは、起きるまでそばにいると約束したこともあり、ベッドを抜ける前には必ず起こさずにいられなくなっていた。


が、自らの腕の中で何の警戒もなくすやすやと眠る姿はどうにもこうにも愛らしく。

このまま静かに寝かせてやりたい想いで溢れそうになる。


毎朝毎度、そんな葛藤をしながら遠慮がちに出される声は小さく、昨夜遅かったことに加えてもともと眠り姫な妃の耳には、残念なことにとても通じ難いのだった。

極力耳元に近づき、囁くように声掛けをし起こすアラン。



「・・エミリー?起きるが良い」

「・・・ん・・」

「朝が来たゆえ・・エミリー、起きよ」



声を掛けながら、額にかかる柔らかな髪を掻き分けそっと口づける。

と、腕の中の身体が少しだけ身動ぎをしたので、今度は瞼に口づけて豊かな髪を指先で梳いた。



「私はそろそろ自室に行かねばならぬゆえ・・・良いか?・・起きよ」