シャクジの森で〜青龍の涙〜

いつも自分がされていることで、ちょっとしたお返しのつもりでもあったのだ。

それは成功したようで、気遣わしげだったブルーの瞳が少しだけやわらかくなっている。



「・・アラン様?わかっています。あなたがあやまるなんて、おかしいわ」

「そう、だな。おかしいか」



えぇ、とても。


うふふと笑いながら相槌を打つエミリーの頬に唇を寄せ、アランは愛しげに髪を撫でた。



「今、印を作っていたのだな?」

「えぇ、もう少しで出来あがるわ。とても可愛くできそうなの。きっと、パパとママがおどろくわ。あなたがこれを作ったの?って」



そう言って愉しげに笑うエミリーを見て、アランは髪を撫でていた掌をぐっと握り締めた。

今から、この笑顔を曇らせることを、してしまうのだ。



「エミリー・・・それを付ける際に分かることだが、シャルルの首には月の雫がついておる。私があちらの義両親に“いつでもこちらに来られるように”と、婚儀の後に渡したものだ」

「え・・・月の雫が・・・?」



エミリーは、信じられない思いでシャルルを見つめた。

でも、そうであるのなら、たったひとりでここまで来た事にも合点がいく。



―――月の雫―――


エミリーが神話に伝わる天使シェラザードの願いをかなえた時に、“導きの石”としてこの世に残していった物。

アランがエミリーを迎えに行く時に使った雫の形をした石で、今は、あちらとこちらの世界の道しるべとして、エミリーの両親が使用しているものだ。

その大切な石を両親は金庫の中に入れて大事に仕舞っている筈だった。


それが、どうして――――



「アラン様。そうしたら、シャルルは、戻ることが出来ないの?もう、パパもママもこちらに来ることが出来ないの?シャルルを迎えに来られないの?」



また、寂しい思いをさせてしまうわ。



アメジストの瞳が不安げに揺れ、みるみるうちに潤んでいく。


睫毛から零れ落ちそうな雫をアランは親指ですくい取り、華奢な肩をぐっと掴んだ。

心の中にある全ての思いも伝えようと、瞳にも手にも力が籠ってしまっていた。



「待て、そんなとこはないぞ。君がおるゆえに、戻る事は出来る。忘れたのか?君にはその力があるであろう?だが、今すぐには無理だ。だが、必ず、一緒に向こうに。そう遠くはない日に―――・・・エミリー、分かるな?分かってくれるか?」

「―――はい、アラン様・・・きっと・・一緒に行くと、約束してください」



涙をこらえて懸命に笑顔を作ろうとするエミリーを、堪らずに、アランは力強く抱き締めた。



「命に代えて、約束は守ると誓う。私は、嘘は言わぬ」

「はい・・・はい、アラン様」



何度も何度も頷きながら、エミリーは背中にまわした腕にぎゅっと力を込めた。



―――きっと、いつか。

パパとママのところに、シャルルと一緒に―――