シャクジの森で〜青龍の涙〜

その日の夕刻。


医務室から戻ったエミリーはソファに座り、シャルルの首に着けるリボンを作っていた。

お部屋に入れる承諾をもらったあのあと、規則のようにも思える条件を申しつけられたうちで、すぐにしなければならないことが、このリボンの制作だった。



『良いか、エミリー。シャルルがこちらで暮らすならば、君が飼い主だと分かる印をつけねばならぬ。出来るか?』



アランの言う条件はみなシャルルのことを考えたもので、それが言葉の端々から伝わってきた。

全部、シャルルに必要な事。

中には、気まぐれな猫には無理に思えることもあったけれど、反論することなく素直に頷いたのだった。


故郷でもいろいろな事に暗黙のルールがあるように、この世界にもそれなりのものがあるのだ。



「シャルルがここに住むなら、できるだけ守らないといけないもの」



使うのは、エミリー固有の色と決められた薄紫色に、ギディオン王国アラン王子の正妃の色である白色。

少し幅広のリボンに、白い糸で自身の印である薔薇を刺繍していく。


シャルルは今、城の大工渾身の力作である籠の中、柔らかなクッションの上で眠っている。

大工が持ってきてくれたのは、手提げることのできる小さな籠と部屋の中で使用する大きな籠の二つだった。


職人総勢で作ってくれたというそれは、お部屋に置くことを考慮したのだろう、真四角ではなく柔らかな曲線を描く素敵なデザインのものだった。

シャルルも最初は警戒してて慎重に臭いをかいだりしていたものの、すぐに気に入ったようでとても落ち着いている。



―――コンコン


『エミリー様、アラン様が来られました』


「え、アラン様が??大変、かたづけないと・・・」



呟きにも似た言葉を漏らし、エミリーは身の周りを急いで見廻した。


なにしろこんな夕暮れの時間に来るなんて、とても珍しいこと。

城の中で暮らしているとはいえ、アランと顔を合わせるのは朝と夜だけなのだ。


テーブルの上に散乱している布の切れ端や糸屑をわたわたと片付け、刺繍途中のリボンを裁縫箱の脇に置き、心も場所も準備万端整え、ついでに息も整え、扉に向けて声を掛けた。



「ぇっと―――・・・はい。どうぞ」



そう声を掛ければ待ちかまえていたようにすぐさま扉が開き、アランがスタスタと一直線に部屋を縦断してくる。

ソファの脇に立っているエミリーの身体をそっと抱いて座らせ、自らは跪き、大きな手で小さな手を包み込み、頬にそっと掌を当てた。



「エミリー、気遣わせてすまぬな・・・だが―――」


エミリーはアランの唇に人差し指を置いて言葉を遮り、ふわりと微笑んでみせた。