シャクジの森で〜青龍の涙〜

それに哀しむぞ、涙を見たいのか。

レオナルドの静かな声が、アランに少しずつ落ち着きを取り戻させていく。

びりびりと振動するような空気が、徐々に静まっていった。



「――――良い、もう離せ」



掴んでいた腕がフ・・と脱力したのを感じ、レオナルドは様子を見ながらゆっくりと手を離した。

完全に殺気は収まっていないが、とりあえず、大丈夫そうだ。



「全く、君らしくないぞ」

「あぁ・・・」



アランは呟くように返答をしつつ自由になった自らの手を眺めた。

相手は石壁だ。レオナルドの言う通り、拳をぶつければ肌が赤くなり痺れるだけでは済まなかっただろう。

なんとも浅はかなことをしようとしたものだ。



「すまぬ・・・レオ」

「あぁ、構わん・・・何とか、落ち着いたようだな?」



アランが感情を乱してしまい制御できなくなったのは、これで2度目のことだった。

前回は、市場通りでエミリーが人質にされた時。

恐怖で動けないエミリーに刃物を当て脅す様を見て、理性のタガが外れたのだった。

冷血な銀の龍が顔を覗かせ、そんなものが身のうちにあると、この時にアランははっきり自覚した。

あのときは、自らの手で救えたため奇麗な肌に傷一つ付けることなく終え、それ程に乱れずに済んだ。


が、今回は――――


心中に潜む銀の龍が未だざわざわと騒ぎ立てる。

頭をもたげ瞳をぎらつかせ、“我を出せ”と今にも暴れ出そうと機会をうかがっている。

アランは、瞳を閉じ深い息を吐き、何とかそれを収めた。



「レオ・・・私は分かっておったのだ。“何かがあるだろう”と。ゆえに“城を出てはならぬ”と禁ずるべきだったのだ」

「それは仕方ない。喜ぶ顔が見たかったのだろう?君は、彼女だけには、弱いからな」

「・・・そうだ。情けないことに、私は、エミリーには敵わぬ」



レオナルドの言う通り、自他共に認める唯一の弱点、それがエミリーだ。

勿論、きらきらと輝く瞳を曇らせることはしないと誓ったせいもある。

が、それだけではない。自身がそうしたいと思うのだ。

日頃から自由の少ない王子妃の身。

普段、故郷での生活とは比べ物にならないほど窮屈な思いをしている彼女。

それゆえに、数少ない機会を、楽しみを、奪ってはならないと思う。


危険であれば、それを上回るものを準備すれば良い。

そう考え、実際にそうしたのだが。

まだまだ甘かったのか――――