シャクジの森で〜青龍の涙〜

聞きなれたテノールの声がしたあと、一番会いたかった人が入って来た。

無言のまま真っ直ぐにエミリーの元に歩いてくる。



「―――アラン様」



椅子から立ち上がろうとするエミリーを、アランは掌で制した。

鋭く光るブルーの瞳がゆっくりとエミリーの身体の輪郭をなぞる。


ふんわりと結われた髪、ふっくらした唇、華奢な肩、胸元、脚、か細い腕、最後に包帯の巻かれた手で止まった。


形の良い眉がぴくんと動き瞳が細まり、唇には僅かに力が入った。

そして、そのままじっと動かない。

ピリピリと肌を刺すような空気が、だんだん濃くなってきている気がする。

息苦しいほどの沈黙が続き、エミリーは居たたまれなくなり立ち上がった。



「あ、アラン様、ごめ・・・きゃっ」



言おうとした謝罪の言葉は、驚きの声に変わった。

素早く腕の中に収められて抱き上げられたエミリーの身体は、そっと椅子の上に戻された。

そのまま跪いたアランの掌がエミリーの頬を包み込み、額に唇が落とされる。



「・・・全く・・・君は、何度、私を殺そうとする気だ」

「え・・・?」

「私の心臓は、さほど強くない。気をつけよ。と申した筈だぞ」

「あ・・・ごめんなさい」

「まぁ良い。無事であれば―――」



アランの額が、こつん、とエミリーのそれに当たり、暫くそのまま沈黙が続く。

頬にあった掌は後頭部に移り、そこからゆっくりと下に移動していき、背中を優しく摩り始めた。



「・・・何故だ」

「・・・え?」

「何故、怪我をした?詳しく申せ」

「あ・・賊の腕の中から逃げる時に、お尻と背中を打ちました。けれど、手以外は、どこも痛くないです」



エミリーが大雑把に説明すると、アランは口元に手を当てて暫く考え込んだ。



「・・・・確認しても、良いか?」

「はい?・・かくにん?」

「そうだ。見せてみよ」



立ち上がるついでのように抱えられたエミリーの身体は、ベッドまで運ばれそっとうつ伏せに寝かせられた。

背中の金具が開かれ、アランの指先がスーと肌を這う。



「・・・ん・・」

「・・・今のところ、痣は見られぬな。こちらは?」



肩から背中、更に下まで、優しくツーと撫で下ろされ、エミリーの身体がぴくんと跳ねあがった。



「・・・ん・・アラン様・・あの・・・」

「なんだ?私は、確認しているだけだが?」



指先だけでなく唇までもが這っているように感じるのは、エミリーの気のせいなのだろうか。

何度も“確認作業”が行われ、エミリーの息が荒くなった頃、背中の金具が閉じられた。

くったりとした身体は、ぽすん・・と返され、薔薇色に染まった頬を、アランの武骨な指先がそっと撫でる。



「エミリー・・・」



耳元で甘く名を囁かれて濃厚な口づけがされたあと、毛布が丁寧に被せられた。



「夕食まで、時がある。君は眠ると良い」



そう言い置いて、アランは部屋から出ていった。