シャクジの森で〜青龍の涙〜

何が何だか分からずもがくエミリーの耳に、大きく鳴り響く笛の音が届く。



「シリウスさん!?」



名を呼ぶ声がくぐもっている。

身体に布が纏わりつくのを感じながら焦りもがき続けていると、お腹のあたりに圧迫を感じて足が宙に浮き、そのまま身体が揺れ続ける。



「な・・なにを!はなして!はなしなさい」

「怪我をしたくなければ静かにしろ」



地を這うような低い声が耳の傍でして、エミリーの身体が恐怖に凍りつく。

胸が破れんばかりに心臓がドクンドクンと波打ち身体が震え声が出ない。


―――賊だ。



「待ちなさい!エミリー様に何をするのですか!!」

「きゃあぁぁ!」

「貴様ら待て!」

「嫌っ、何!?爺ーっ!」

「おい、急げ!」



シャルルの鳴き声と大人数のバタバタと走るような音と、何かを叩くような音、メイやシリウス色んな人の声があちこちで交錯する。

まだ皆の近くにいると感じて勇気を奮い起し、はなして!と、何とか暴れ続けるエミリー。

けれど、後ろ手に縛られてしまい身体はゆさゆさと揺れ続け周囲の人々の声や足音がだんだん遠くになり―――


やがてヒタヒタと走る足音が聞こえるようになった。

反射する音の加減から、極々狭い路地を走っているのだと思える。

もがっむうーっとくぐもった声が近くでする。

まさか、ニコルも一緒――――?



「大人しくしろ!」



野太い怒鳴り声がして、ニコルが静かになった。

自分以上に恐怖に震えているに違いない。

このままでは、いけない。

なんとかしなくては。

でもどうすれば――――?


エミリーは、唇をぎゅと引き結んだ。

絶対にアランの元に帰るのだ。



「待て!!」



賊の出す息づかいと足音が大きく聞こえる中に、突然、男性の声がこだました。

「ぐうぅ・・」と唸るような声が耳元で聞こえ、ゆらゆら揺れる身体がピタと止まった。



「何者だ!」

「それはこっちの台詞だ。何だ?お前らは」

「そこを退け!」

「それは、無理と言うものだな」



何人かの尖った声と、のんびりした感じの声がする。

ザザッバシッと人が争うような音も聞こえる。

誰かが引きとめている、今のうちだ。


エミリーは足をバタバタと動かして体をよじらせ、力の限り暴れ始めた。

相変わらず真っ暗で何も見えない。

暴れるな!と、ぐぐぐとお腹が締め付けられて息も苦しく声も出しにくい。

けれど、このまま大人しく連れて行かれるわけにはいかないのだ。

ここには知ってる者は誰もいない。

闘ってるような音はすれども全員敵なのかもしれない。


自分でなんとかしないと!

ニコルも助けないと!


その一心で懸命に身体をよじりつづけていると賊の体らしい部分に触れたので、思いっ切り歯を立てた。