シャクジの森で〜青龍の涙〜

久しぶりに会った大好きなご主人様の心地良い気に包まれて、ぬくぬくほっこり気分よく膝の上にいたシャルルにとって、突如現れて背中に触れた武骨な手がどうにも気に入らない。


眠りとテリトリーを害され気分はすこぶる良くなく。


丸めていた手首を伸ばし“ナンダ?アンタ、シツレイダナ”的なむっすりとした瞳を向け続けるけれど、当のアランは怯むそぶりもなく冷静そのもの。


ムッとしたシャルルは、無謀にも、アランに対して威嚇を始めた。


モゾモゾと体を動かし、唸り声は出さないまでも、耳を伏せ少しばかり瞳孔を開いて“イツデモ、コウゲキデキルゾ”感をアピールしてみた。

動物的カンとしては、相手は不気味な気を身の内に潜めているようで、まったく敵わない気がするけれども、大好きなエミリーの前で弱っちいところは見せられないのだ。

小さな体にある勇気をかき集めて、猫のプライドを懸命に保つ。



治療室の中で見つめあう、冷静な一人と虚勢を張る一匹。

部屋の中が妙な雰囲気に変わっていく。



アランは、背中に置いていた掌をゆっくり引っ込めつつ、瞳はシャルルから離さずにいた。

この様子は、少しでもきっかけを与えればすぐに攻撃されるだろうことが目に見えてわかる。

普段から剣術で鍛えている身は猫の爪など何ともないし楽に避けられるのだが、相手は動物だ。

どう来るのかわからないし、飛びかかってくれば咄嗟に払い除けてしまうかもしれない。


そうなれば・・・。


そこまで瞬時に考え、そのあとのエミリーの反応を想像すれば非常に不味い状態が思い浮かぶ。

それだけは、絶対に回避せねばならない。


それならば自分が怪我をした方がマシなのだが、それはそれでまた困った事態に陥るのだ。

エミリーが綺麗な瞳に涙を浮かべて必死に謝ってくるだろうことが、考えなくとも分かってしまう。

妃の謝罪など普通はそうそう聞くものではないが、愛するこの優しい主は、兎に角謝罪の言葉を口にしすぎる。


それはもう誰に対しても。


まあ、そこが何とも可愛いところであり愛すべきところでもあるのだが。



“氷の王子様”だの“瞳だけで戦闘不能にする”だの、各方面で恐れられているアランだが、妃にだけは、滅法弱いのだ。


ビシッと威厳を放ち終わらせるのもいいが、猫相手にするには大人げなく思う。



フランクやシリウスが息を潜めて見守るシャルルとの攻防の間にも、そんなことをのんびりと考えてしまうほどアランには余裕があった。