シャクジの森で〜青龍の涙〜

「はい。御座いますわ。あの飾りは、この国にある“風の神話”が元になっているのです」

「風の、神話―――?」

「はい。風の神が誤って殺してしまった愛する娘の魂を、永遠に枯れることのない花に変えた。という哀しい神話があるのですわ・・・。この国の国境に吹く風も、風の神が哀しみに狂うあまりに生まれたものです・・・風の神の心が癒されない限り、あの強風は止まないのです。―――風凪ぎ祭りは、神の心に国民の願いを届けるために催されるものです。風の神が大切にしている雪花の周りに春の花を飾り、春の訪れとともに、何とか凍てついた心を溶かしていただこうと――――あのリースには、そんな願いが込められています。何の力もない私たち国民が出来る、唯一の事ですわ」



一人一人の心は軽くて風に流されてしまいますけれど、国民全員が心を一つにして願えば、いつか届く、私たちはそう信じていますの。

そう言って女主人はにこりと微笑んだ。


ギディオンの“月祭り”は王家主催の物だけれど、ヴァンルークスの“風凪ぎ祭り”は国民主催の物のよう。

発祥が全く違うのだ。

道理でアランが一度も見たことがなく、何も知らない筈だ。

もしかしたら、ビアンカも見たことがないかもしれない。



「あなたは、雪花の泉を見たことがありますか?」

「いいえ、ありませんわ。美しいと聞いていますけれど、恐れ多くて見に行けません」



そう言って女主人はレジの傍の壁を見た。

そこには、美しかったころの泉と、凍てついた泉の絵が並べて飾られている。



「泉の水を凍てつかせた後、風の神は、娘の魂を守るために誰も近づけないよう結界を張ったとも言われています。そのせいなのか、あの泉には、管理をしている王家でさえも年に一度くらいしか訪れません。泉の近くには神殿があって、昔は巫女がいたようですけど今は誰もおりませんし・・・」



神殿とは―――アニスの一族、スヴェンが住んでいたところに違いない。



「巫女と言えば、そうですわ!」と、いきなり叫ぶように言って、女主人がパンと手を打った。



「今年は、昔に行われていたことを復活させるのです。是非、ご覧になっていただきたいわ」

「むかしの、ですか?」

「はい、昔は歌が奉納されていたのです。今年は巫女様の子孫を探し出すことが出来まして、それが復活するのですわ」

「え・・・巫女の方が歌を?」



エミリーは、「そうなのです」と嬉しそうに笑って頷く女主人の顔をじっと見つめた。



「・・・あの絵にある通り、四角の花は、凍る前に泉のまわりに咲いていた花の一つなのです。神話では、万能な薬草であったと書かれています。今は、雪花になっていますが、昔はあの四角い花が国花でしたの―――」



まだまだ続きそうな女主人の話を遮るように、「お待たせいたしました」と、店員が手提げ袋を持って奥から出てきた。

中には雪花模様の可愛い包みがいっぱい入っている。

いつの間にか、メイたちの買い物も済んでいたので、エミリーは丁寧にお礼を言って店を後にした。