シャクジの森で〜青龍の涙〜

「王子妃様ー!」



遠くから、ニコルの元気な呼び声が聞こえてくる。

と、アニスがいきなり立ち上がったので、シャルルの体がびくっと動いて少し身構えた。

丸めていた腕を出し、動きを探るようにじーと見つめている。



「王子妃様、申し訳御座いません!お話しやすくて、つい長々と変なお話を――――せっかくの楽しい時をお過ごしでしたのに、大変失礼致しました」



いつも落ち着いた雰囲気を持っているアニスが、随分動揺している。

深深と頭を下げ、そのまま動かない。



「かまいません。アニスさん、頭をあげてください。とても有意義な時間が過ごせました。お礼を言います」

「王子妃様・・・」



アニスは頭を上げ、ホッとしたように肩を落とした。

けれど、顔付きは暗めなままだ。



「エミリー様、あちらでニコル王女様が御呼びで御座います」



そう言ってシリウスが促した方では、ニコルが大きく手を振っていた。

そろそろ出発するのかもしれない。

ちょっぴり興奮した様子のシャルルを宥めつつ抱き上げて、エミリーがニコルの元に向かうと、後ろの方でリードの焦ったような声がした。



「ああっ!貴女はこんなところにいたのですかっ!あっちで動かないで待っていて下さいと言ったでしょう。どれだけ探したと思ってるんですっ」

「だって、余りにもあなたが遅いんですもの。暇で、動きたくもなりますわ。一体何をしていましたの?」

「そっ、それは、実は牛が・・・っと、いえ、そんなことどうでもいいじゃありませんか」

「え、何ですの?牛がどうかしましたの・・・?」



何だか会話が可笑しくて、ちらっと振り返ったエミリーに、ひたすら文句を言いながらもアニスを支えて歩くリードの姿が見えた。

アニスは楽しげにコロコロと笑っていて、どうやら、リードは心の支えにもなっているよう。



「ね!王子妃様。早く次の場所に行きましょ。私、とってもお腹がすいちゃったわ」



ニコルが大袈裟にお腹を摩ると、爺が「はしたないことで御座います」と窘めた。

もういつ嫁入りしてもおかしくない年頃なのです。と続いていく爺の言葉を、ニコルは片耳を塞ぎながら聞いている。


そう言われれば。

エミリーもお腹が減っていることに気付く。もう昼食の時間になるのだ。



「わたしも、お腹が空きました。そろそろ行きましょうか」



エミリーが声をかけると爺は説教をやめ、コホンと咳払いをした。



「あー、では皆様。次は、街でお食事を致します。彼らには、その後に薬師の元に行って頂きましょう」



一行は、都街へ―――