シャクジの森で〜青龍の涙〜

「そのうちに、時の女王様に祭りへの参加を禁止されました。効果がないから、と・・・。それだけでなく、その時に起きていた騒動を収める意図もあったのだと思いますが――――同時に、“必要なし”と、雪花の泉の任も解かれてしまいました。巫女の地位を奪われて住処を追われて彷徨い、何度も家を変えては隠れるようにしてこの国で生きて来ました。けれど・・・そんな生活に耐えられなくなったのでしょう。祖母は、まだ幼い母の手を引いて、安住の地を求めてこの国を出たのです」



馬もなかなか進めず人が住めないほどに吹き荒れる国境の風。

それを幼い子を連れて超えるなんて、余程の決意がないと出来ないと思える。

それ程に生活が辛かったのだろう。



「・・・それは、とても哀しいことですね・・・あなたたち一族の方は、精一杯やって来られたのでしょう」

「王子妃様、ありがとうございます。でも、仕方ないのですわ。風の神を操れず、巫女としての役目が果たせないのですから。いてもいなくても同じですわ。・・・私には、一族の気持ちも人々の気持も、どちらも分かります」



住処を追われたのはスヴェンだけではないのです。

そう言って、アニスは哀しげに微笑む。


祖母から母から一族全体から、伝え聞いていることはたくさんあるのだろうに、それでもアニスは中立的な考えを持っている。

それは中々出来ないことで、大抵の人は、どちらか一方に傾くものなのだ。


エミリーはアニスを応援したくなり、何か自分に出来ることはないかと探し始めた。

けれど、何も思いつかず――――



「わたしに出来ることがあったら、なんでも言ってください。出来るかぎりのことはします」



そう言葉を掛けることしか出来なかった。



「ありがとうございます。私はこれを受け継いだ時に、代々伝わる想いを託されました。これが直れば、聴ければ。そして歌を取り戻すことができたなら。正確に歌えなくても、この箱から奏でられる旋律を風に乗せて神に届けられたら。そうすればきっと――――」



アニスは空を見上げて、そのまま黙りこんでしまった。

当初にあった哀しげな様子はなく、凛とした横顔がある。



「はやく、歌が戻るといいですね」



オルゴールが直り願いが叶えられることを、エミリーも空に向かって祈った。