シャクジの森で〜青龍の涙〜

「わたしでよければ、お話聞かせてください。言えば気持が楽になることもあります」



ね?と、小さな肩に手を置くと、アニスはぱっと顔をあげた。

水分を含んだ奇麗な瞳が、優しく微笑むエミリーをじっと見つめる。

唇が開いたり閉じたりする様子は、話すのを迷っているように見えて、エミリーはもう一度言葉を掛けた。



「話せることだけでも、いいのですから」



ふわりと笑むエミリーの足元では、風に揺れる草を相手に遊ぶシャルルがいる。

ニコルは未だ羊と戯れていて、まだもうしばらくはこの場所から離れそうにない。

話をする時間は十分にありそうだった。



「あ、これは、命令ではありませんから、無理にしなくてもいいです」



慌てて付け加えるエミリーの様子が可笑しかったのか、アニスはふっと吹き出してコロコロと笑った。

ギディオンの王子妃は、噂通り、本当に優しくて憎めない人なのだった。



「はい。ありがとうございます・・・このオルゴールには・・・失われた子守り歌が入ってるんです」



ぽつりぽつりと、アニスは話し始めた。



「実は昔は、スヴェンの女は、国お抱えの巫女だったのです。・・・前にも少しお話したとおり、一族はずっと雪花の泉とともに生きてきました。それは、泉を守る役目もあったからなのです」

「泉を、まもる・・・?」

「はい。泉の水には、不思議な力があったと言われています。飲めば病気が治癒し、体につければ怪我が治った、と。そんな素晴らしいものが狙われない筈がありませんから。それを、スヴェンは、風の神と共に守りつづけて来たのです」



アニスは空を見上げて、風を受けるようにてのひらを掲げた。

雲も少なく、今日の空はとても澄んでいる。

昔は、国境の空もこうだった筈なのだ。



「巫女は一日の終わりに子守唄を神に捧げて、泉を守る力を得ていたと言われています。それはそれは美しいのびやかな歌声で、風に乗って微かに都に届いた時には、民の心をも癒したそうです。それが、ある日突然に、歌われなくなりました」

「・・・それは、どうしてなのですか?」

「声が、出なくなったんです。言い伝えでは“声を奪われた”と。しわがれて掠れた醜い声しか出なくなり、風の神を怒らせてしまったんです。歌は一子相伝。とても複雑な旋律で、きちんと受け継いだ巫女しか歌えないんです・・・だから、そのまま誰にも伝えられることがなくて・・・。泉が凍てついてしまったのも、その頃なんです」



その巫女に何があったのか、誰も真実を知らないんです。

どんなに訊ねても、巫女自身何も話さなかったそうで・・・。

そう言ってアニスは唇を噛んだ。



「そして、これはその巫女が大切にしていたもの。これが鳴らなくなったのも、声を失った時期と重なるそうです。だから、私は思ったんです。風の神を癒す子守唄。その旋律が、きっと、この中に隠れていると」