シャクジの森で〜青龍の涙〜

エミリーが目を丸くしていると、牧場主は柔らかく微笑んで言った。



「はい。もともと国土が狭いのもあるのですが。昔は、今の国境のあたりに小さなものが沢山あったのです。が、今はすべて風にのみ込まれてしまいました」



まあ、なんて事なのでしょう。と、一緒にいるメイが、小さいながらも悲痛な声を出した。

ナミは無言のまま神妙な顔付きで聞いている。


牧場主の話はさらに続いた。


昔は美しい街並みを見に訪れる旅人も多く観光産業も盛んだったこの国。

それが、国境のあまりの風の強さに辟易して年々訪れる人も少なくなり、今は必要最低限に商人が訪れるくらいになってしまった。

風は他国の侵入を阻むのには良く、昔から戦闘とは無縁なのは自慢の一つ。

けれど、国境に吹く風は年々幅広くなっていて、のみこまれた村や町が沢山ある。

そのため、職や家を奪われ新天地を求めて国を出ていった者も多いのだと言う。


エミリーはそれを聞いて、オアシスのへんてこ館長のことを思い出した。

彼もこの国の出身だとアランが言っていたのだった。

もともとは、牧場か宿屋を経営していたのかもしれない。

そういえば、アニスの母親もこの国の出身だと言っていて――――



“この国は、滅びに瀕しておる”



アランが説明してくれたことが、エミリーの中でますます現実味を帯びた。

男性王族が育たない他にも、国土にも危機があるだなんて。

とても美しい景色のヴァンルークス。

たくさんの人が暮らしているのに、どうなってしまうのだろう。

他国のことながら、エミリーはとても心配になった。

もしかして、アランたち王子が毎年集まって話してるのは、このことなのだろうか。

それだけではなく、別の議題もあるのだろうけど―――



「ですが、王子妃様、御心配なさらないで下さい。もうこれ以上国土は狭まらないだろうと、言われておりますから」



そう言った牧場主の晴れやかな笑顔は気休めに見えなくて、エミリーはホッと胸を撫で下ろした。

民が不安がってないのは、とても良いことだ。きっと、そう思える根拠があるのだろう。




「そうでないと、王子妃様に美味しいヨーグルトをお届け出来なくなりますからな。それは、困りますでしょう?」



そう言ってカラカラと笑う牧場主に、エミリーも心からの激励と一緒に精一杯の笑顔を返した。

前向きな考えの牧場主。

国民が皆こんな考えを持っているのなら、きっといつか、いい方向に向かっていくはず。

エミリーは、心底からそれを願った。



一通りの案内が終わったので丁寧に礼を述べ、エミリーはニコルの姿を探し始める。

彼女は『私は何度も聞いているからいいわ』と、それはそれはつまらなそうに言って、姿を消してしまっていたのだ。