シャクジの森で〜青龍の涙〜

混雑する政務塔の中。


折しも今日は任期始めの手続きの日で、登城してきた一般貴族や各街の長たちで、廊下はいつになく賑わっていた。

その中を、一つの塊が移動していく。


兵士団長でありエミリー付きメイドメイの恋人でもあるジェフを先頭にし、王族であり兵士長官の任に就くパトリック、兵士団長であり王子妃の警備責任者でもあるウォルター、それに護衛シリウスが続く。


そうそうたる面々。

個々でさえ目にすることも滅多にないのに、ましてやこんなに揃っているなど奇跡に近いこと。

誰もが認める逞しく強い美丈夫な男たち。

淑女は皆瞳をハートの形にし、紳士は羨望の眼差しを向ける。


そんな国きっての精鋭たちが、何かを囲むように陣を組み、鋭い瞳を配りつつゆっくり歩いている。


ぴりりと放たれる兵士たちの警戒の気の中心に、それを打ち負かすほどのほんわりとあたたかな気の塊がある。

しかも、壁のように囲む体の間から、ちらちらと色鮮やかなドレスの布が垣間見える。

それに興味が湧かない者はなく、中心に何があるのか、もしかしたら噂の王子妃様がおられるのではないかと、皆が皆気になって仕方がない様子だ。

そわそわとしたざわめきが大きくなり、その内、一人の紳士が勇気をふるい起してパトリックに挨拶がてらに近付き、中心部を覗こうとした。



「君。悪いが、こちらを気にかけてもらっては困るな」



と。

言葉は柔らかいなりにもブルーの瞳が鋭い光を宿し、ビシッと王族の威厳が放たれる。

紳士はふらふらと後退りをして崩れるように座り込み、それを廊下の隅に控えていた兵士がやれやれとばかりに肩をすくめつつ助け起こし、外へと運んで行く。


それを三回ほど繰り返しつつ辿り着いた医務室に、今、エミリーはいた。



「こちらにお座り下さい」と薦められた、クッションのきいた柔らかな椅子に座り、シャルルを膝に抱いて丸まった背をひたすら撫でている。

心配げに向けるアメジストの視線の先には、シリウスの姿がある。

今、城の優秀な医官であるフランクの治療を受けているのだった。


周りをがっちりと囲んでいたジェフには任務に戻って貰い、パトリックはアランを呼びに行っている。

ウォルターはエミリーの傍らに立ち、チラチラと向けられる、ある男の視線から守るようにしていた。

エミリーは全く意に介さないが、要注意人物と目される一人の人物が、ここにはいる。



「フランクさん、シリウスさんはだいじょうぶですか?」

「えぇ、エミリーさん。御心配は無用ですよ。このくらいの傷は、兵士ならば日常茶判事なのですから」



手際良く動かしていた手を止め、フランクは眼鏡の奥を緩ませてにこにこと笑みを向ける。



「ですが、今後の為にそちらのペットさんの爪は丸くした方がいいかもしれませんね――――ほら、リード、何をしているんです、早くガーゼを下さい」