「ふん、そうか。それは、“知っている”と、受け取っていいのだな?では、もう何も言うまい」

「っ、それはどう―――」



気色ばんで詰め寄ろうとするウォルターの前に、小さな身体がスルンと入り込んだ。



「あーん、もおおぉっ!ここっ!!難しい話はもうやめて!王子妃様も困ってるわ!」



ニコルが、もう我慢ならないといった体で、険悪な雰囲気を打ち破るように二人の会話に割って入ったのだ。

両手を広げて、唇を尖らせて二人の間に立っている。

若いとはいえ、流石は生まれながらの王女。

気を張りあう二人の男を黙らせるに十分な声と気迫を持っている。

二人とも、特にレオナルドの方が先に、気を収めた。

その途端に、漂っていた空気が穏やかなものに変わっていく。



「ほら、折角見つけたんだからっ。会場に早く戻らないと!」

「そうだな。ニコル殿の仰る通りだ。エミリー、会場に戻ろう」



微笑みながらエミリーの手を導くレオナルドの残りの片方の腕に、ニコルは飛び付くように自分の腕を絡ませた。



「ね!レオナルド様。すっかり忘れてるでしょ?酷いわ。昨日から約束していたのに。どうして私をダンスに誘ってくれないの?私、ずぅっと、ずーっと待ってたんだから」



ぷっくりと頬を膨らませ上目遣いにレオナルドを見て、ニコルは甘えた声を出す。

そんな彼女に、レオナルドは柔らかな笑みを向けて言った。



「あー、分かった。悪かった。別に、約束を忘れていたわけじゃない。ニコル殿、あまりに怒ると、可愛い顔が台無しになる」

「え・・?そう、かな?」



可愛いと言われたのが嬉しかったのか、ぱっと頬を染めて恥ずかしそうに笑むニコルは、とても愛らしい。



「そうだ。戻ったら、1番に誘う。それで許してくれるか?」

「いいわ。許してあげる。絶対よ?誘われても、ビアンカ様と踊っちゃダメだからね」



私が先なんだから。

と、幾分か勢いをなくしたものの、自分よりもかなり年上のレオナルドに対してしっかり釘をさすところを見ると、二人はかなり前からの知り合いなのだろうと思える。



「分かっている。ニコル殿は怖いな」



そんな風に言いながらも全くそう思ってないレオナルドの口ぶりに、エミリーは笑みを零した。

腕が塞がっていなければ、ニコルの頭を撫でていそうな雰囲気だ。

やっぱり、レオナルドは優しいお方なのだと、思う。

時々、変なことを言ったりするけれど・・・。


だんだんに会場の灯りが近付いてくると、軽やかな音楽も耳に届いてくる。

けれど、もう、歌は終わってしまったよう。

テラスが大きく見えてくると、エミリーは、そこに佇んでいる人影を見とめた。

それを確認して、胸が、とくん、と騒ぎ始める。

あれは―――・・・。