シャクジの森で〜青龍の涙〜

「ルーベンの世継ぎ王子レオナルド。その名に掛けて、言う。私は、一生涯君の味方だ。何時でも、受け入れる」



それを、忘れないでくれ。

そう言って、レオナルドはエミリーの身体を離した。


見開いたアメジストの瞳を見下ろすレオナルドの表情が、さっきよりも幾分かすっきりとしたように見える。

もしかして、彼の伝えたいこととは、このことだったのだろうか。



「レオナルドさん、ありがとうございます。わたしは」

「おっと、待った!その先は言わないでくれ―――あー、君とゆっくり話せる時は少ないんだ。これが最後かもしれない。もう少し歩きたいんだが、付き合ってくれるかい?」

「・・はい・・・もう少しだけ」



木ばかりの景色が変わり、月明かりを受けてキラキラと光る池が目に飛び込んできた。

振り返れば、会場のある本館は大方が木に隠れてしまい、最上階しか見えなくなっている。



「こんなに遠くまで歩いて来たのだわ」



少しだけの筈が、随分長い時間が経っているよう。

アランは心配していないのだろうか。

まだ、ビアンカとダンスを続けているのだろうか。

だから、エミリーが会場にいないことにも気付いていないのかも。

それとも、気付いていても、あれくらいのことでダンスを止めて会場を出てしまったことに、呆れてるのかも―――

小さな胸が、ツキンと痛んだ。


同時に、ぽちょん・・と魚が跳ねるような水音が聞こえ、エミリーは何となく池の方を振り返った。

―――と。



「こっちへ」



いきなりレオナルドに腕を引かれ、再び腕の中に抱え込まれた。

それは今までのような正面から抱き締めるというものではなく、エミリーの身体は横に抱えるようにされていた。

もう片方の腕は、握り拳を造って下に下ろされている。

見あげてみれば、鋭い視線は、ただ一点、生け垣の向こうに向けられていた。

耳をすませてみても、聞こえるのは、風の音だけ。

池のほとりに、レオナルドが醸し出す緊迫感が漂う。



「あ・・あの、レオナルドさん。何が?」

「静かに。誰かが来る。これは、アランじゃない」



身体に触れている腕にぐぐっと力が入るのが伝わってきて、エミリーも緊張してくる。

荒野の中で馬車が襲われた時のことが鮮明に思い出された。

こんな厳重警戒のお城の中に賊がいるとは思えないけれど、レオナルドの警戒ぶりが尋常じゃない。


やがて、ザッザッザッと、数人が道を駆けるような音が近づいて来ると、レオナルドが、ふー・・と息を吐いて脱力して言った。



「あぁ・・面倒なのが、来たな・・・」