シャクジの森で〜青龍の涙〜

二人の足が道の小石を踏む音と、吹き抜ける風が木を揺らす音。

それに混じり、女性の歌声がエミリーの耳に届く。

風の音に紛れるように聞こえてくるそれは、とてもか細くて途切れ途切れだけれど、美しい旋律だと分かる。

会場では、歌が披露されてるのかもしれない。



「・・少しは落ち着いたか?」


そう訊かれて、エミリーは、いつの間にか、あの歪んだ真っ赤な唇の像が薄れていることに気が付いた。

ついさっきまで、レオナルドのおかしな言動について懸命に考えていたおかげかもしれない。



「はい。あのときはダンスを止めてしまって、本当に失礼しました。びっくりして、混乱したみたいです」

「あぁ、いいんだ。気にしないでくれ。だが、ダンスの相手が私で良かったな。他の者、例えば、ルドルフ殿なら君を叱ったかもしれない。彼は礼儀云々に厳しいんだ」



レオナルドの言う通りかもしれないとエミリーは思った。

初めて会ったルドルフは、とても厳しい表情をしていた。

ニコルに対する態度も、たしなめると言うよりは、叱るという表現のほうが合う。

日常からあんな感じなのかも。

誰かに感じが似ていると思えば、ご三家のアルスターが浮かんだ。

確かに、怖い。



「ありがとうございます。レオナルドさんは、優しいんですね」



さっきのワケのわからない変な会話も、ビアンカのことから気を逸らせようとして、ワザとしてくれたのかもしれない。

エミリーには、そう思えた。

昼間抱き締められた時に感じた悪寒を忘れさせ、次第に好意的なものに変わっていく。

そういえば、昼間言っていた“伝えたいこと”とは何なのか。



「全く、今頃気が付いたのか?いや、だが、今からでも遅くはない。あんな堅物男には見切りを付けて、私の国に来ないか?国をあげて大切にする。この私が、幸せにする」



レオナルドの手が、エミリーの肩を掴んだ。

突然のことに驚いて目をあげれば、真摯な色を宿したグリーンの瞳があった。


社交辞令の一つ―――?

にしては、声も真剣で、エミリーは一瞬戸惑ってしまう。

けれど。どう考えても、これは他国の正室に向けるような言葉ではない。

今までの流れから考えれば、これも、レオナルドなりの気遣いの一つに違いない。

エミリーはそう思い、それならばと、受けの言葉を探した。



「ぇ・・・あ、いやだわ、レオナルドさんったら。堅物男だなんて。可笑しいわ」



クスクスと笑うエミリーを見つめるレオナルドの表情が、ふ、と辛そうに歪んだ。



「エミリー、私は、本気だよ」



肩にあった手がするりと背中にまわり、エミリーが、あ・・と思った時には、か細い身体は力強い腕に抱き締められていた。


優しく包み込む腕の中の身体が堅くなるのを感じて、レオナルドはぐっと瞳を閉じた。