シャクジの森で〜青龍の涙〜

死ぬだなんて彼なりの冗談だとしても、今ここで風邪をひいて寝込んでしまったら、大変な事になる。

アランのおまけのようにこの国についてきた自分とは、存在の重要さが天と地ほどにも違うのだ。



「あー、待った!私の言い方が悪かった。これでも、ルーベンの世継ぎだ。まだまだやりたいことが沢山あるって意味で―――・・あぁ、いや、違うな。いまいち上手く言えないな?」



一体どう伝えれば、彼女は大人しく上着を羽織っていてくれるのか。

さっきと何が違うのかしら?とでも言いたげな表情で、じっと見つめてくるエミリーを前に、とうとうレオナルドは俯き、うーん・・、と唸りながら頭をガシガシと掻いた。


折角の二人っきり。

10年に1度あるかないかの好機が訪れているというのに、そのものズバリを伝えるのは、非常に悔しい。

アランの反応を想像し、つい口からぽろりと零れ出た言葉を撤回しようにも、却って深みにはまっていきそうだ。

けれど、次の言葉を待ちつつ懸命に理解しようと考える様子は愛らしく、ずっと見ていたいとも思う。

彼は、常にこれを見ているのか。そう思うと、むかむかとした感情が湧く。



「兎に角、君はこれを着ていないと駄目だ。でないと、私の命は、ますます危うくなるんだ」

「―――はい?ますます、ですか??」



それなら、なおさら上着を着た方がいいのでは?

でも、そうすればますます命が危なくなる??


さらに意味がわからなくなり、頭の中が混乱するエミリー。

砂金水晶のように輝く深いグリーンの瞳を、ただただ見つめてしまう。

一体彼は、何を言おうとしているのか。



「あぁ、これは、かなり大変だな。私としては、非常に幸運な事なんだが」



色んな意味で永遠のライバルでもあり目標でもある友人を、心底憐れみながらも、レオナルドは笑ってしまう。

きっと、日常がこんな感じなのだろう。

いつも冷静で無表情な彼が、一体どんな顔で振り回されているのだろうか。

間近で見てみたい気もする。

だが、今は――――


レオナルドは会場の方に気を向けた。

何をしているのか、まだ、来る様子がない。

もう暫くは、独り占め出来そうだ。


ほくそ笑み、華奢な肩に引っ掛かってるだけの上着を、脱げないようにしっかりと深く羽織らせ、レオナルドは再び歩くことを促した。


もっと、会場より遠くへ。


誰の目にも触れないところへ―――