シャクジの森で〜青龍の涙〜

危ないと、抱き寄せてくれたアランの腕の記憶が蘇る。

けれど、その腕は今―――・・・。


きちんとお話をしようとしても、声が震えてしまう。

気にしてはいけないと思っても、歪んだ真っ赤な唇が頭から離れてくれない。


かつて経験したことのない強烈なアピール。


アランには正室であるエミリーがいるのに。

あれは、何なのだろうか。

何を考えてるのか分からない。

怖くて堪らない。

足が震えてしまう。

もちろん、アランの事を信じてる、信じてるけれど・・・。



とうとう、エミリーの踊る足が、止まってしまった。

アメジストの瞳を縁どる下睫毛には、奇麗な雫が溜まっている。

瞬きをすれば、零れ落ちてしまうだろう。



「あ・・・の、わたし・・・」

「あー、参ったな・・・エミリー、此方へ―――外の空気を吸いに行こう。落ち着く」



レオナルドは、華奢な肩を抱えるようにして、歩き始めた。

掌に、震える感触が伝わってくる。

レオナルドは外に通じる大きな開き窓を開け、広いテラスへと連れ出した。



「エミリー、大丈夫か?」



夜空に浮かぶ二つの月がエミリーを優しく照らす。

哀しげに俯く姿は儚く、そのまま光の中に溶けてしまいそうだ。

今、邪魔なアランは、いない。



「エミリー、少し、歩こう。そこから庭に降りられるんだ」



レオナルドが指す方を見ると、テラスの隅に、小さな階段があった。

彼なりに、気分転換をしてくれようとしている。

今のエミリーには必要な事だと思う。

けれど。



「でも、わたし・・・アラン様から離れてはいけないと、言われているんです・・・だから―――」

「待った。今、そのアランが、君から離れているだろう?大丈夫だ。君に何か言うのであれば、逆に、私が彼を叱ってやろう」

「レオナルドさんが、アラン様を?」

「あぁ、その顔は信じてないな?君を一人にした彼が、悪いんだ。この私にだって叱れる」



そう言ってレオナルドは胸を張り、親指をぴんと立てて、自らを指した。

エミリーの表情が少しだけ晴れたのを見て、レオナルドは手を差し出した。



「さあ、行こう」



伸びた長い指先が、少し震えているように見える。

レオナルドも、アランが怖いのだろうと思えた。

でもそれを隠して、自分を元気付けようとしている。

それに彼は、アランの友人なのだ。



「・・・少しだけ、おねがいします」

「あぁ、その辺を歩くだけだ、安心してくれ」



レオナルドに手を引かれ、エミリーは、ゆっくりと階段を下りていった。