シャクジの森で〜青龍の涙〜

それを、アランは、無表情に見下ろしている。



「王子様も、もっと押し返せばいいのにぃ~~」



声の大きさは抑えているけれど、感情をそのまま表現するニコルは幼く、シンディよりも年下なのかもしれないと思える。



「ね!王子妃様もそう思うでしょっ」



と、同意を逐一求められて困ってしまう。

けれど―――

エミリーはなんだか少し可笑しくなってしまった。

王子妃である自分の代わりに、ニコルは怒ってくれてるよう。

孤独感が消え、嬉しくもなった。

会ったばかりで、未だ互いによく知らない仲なのに。

有り難いとも、思った。



「こら、ニコル。静かにしなさい」



突然、横から飛んできた男性の声に、ニコルの身体がびくっと震えた。

不思議に思ったエミリーがそちらを見ると、ニコルと同じサンドベージュ色の髪を持った若い男性が、顔を顰めて立っていた。



「お兄様・・・ごめんなさい」



急に、しぼんでしまったニコルの頭をぽんぽんと叩き、男性はエミリーに向き直った。

薄い唇を緩やかに歪めてにこりと笑う顔は、穏やかな性格にも見える。けれど、ニコルは怯えている感じだ。



「妹が大変失礼しました。もしや貴女様は、ギディオン王国の王子妃様ですか?」

「はい。エミリー・M・ランカスターと申します」

「やはりそうですか。初めてお会い致します、私は、サディル国第1王子ルドルフ・アルバ・サディルと申します。どうでしょう。彼は、まだ抜けられそうにありません。お近づきの記しに、私と、1曲―――」



す、と跪いて手を差し出すルドルフに、エミリーは戸惑ってしまった。

ギディオンでは、愛する者を誘うときに跪くことがある。

けれど・・・、このスタイルはサディル国独特のものなのだろうか?

迷いながらも受けようとエミリーが手を出すと、突然間に入ってきた腕に、すっぱりと遮られた。



「あーっと、失礼!ルドルフ殿、待って頂こう」



跪くルドルフを見下ろしているのは、ルーベンの王子レオナルドだ。

どこから来たのか、少し息が上がっている。



「レオナルド殿、これは、どういうおつもりか?」



ルドルフは言い終わりざまに立ちあがり「ご自分が何をしてるのか、分かっているのか?」と付け加えた。

当然ながら、声には、怒りが含まれている。



「失礼は承知だ。だが、私には、割って入らずには居られない理由があるんだ。彼女のダンスの相手には、この私、レオナルド・コラダ・ルーベンという、先約があるのだよ」