シャクジの森で〜青龍の涙〜

「この会場の雰囲気は貴方様が造り出したもの。そちらに居るお方よりも、先ず、主宰である私と踊らなければ―――ね?例年通りのことですわ・・・ね?お分かりになりますでしょう?」


ねっとりとした甘い声を出し、ビアンカはアランの腕に絡みつき、胸の膨らみを押し当て始めた。

隣に妃がいるというのに、あからさまな誘い。

アランは眉を寄せつつ、エミリーをそっと脇にさがらせ、ビアンカの身体をグイッと押し戻した。

驚いて目を剥くビアンカに対し、アランは無表情のまま、丁寧に誘いの手を伸ばした。



「ビアンカ殿、一曲お相手を」



誘う声に抑揚がないのは、毎年の事。

真っ赤な唇が、満足げに歪められる。

幾つもの煌く宝石が嵌められた指が、アランの掌の上に乗せられた。

す・・と真ん中に進み出て行くアランに誘導され、優雅に歩くビアンカ。


その後ろ姿を、エミリーは複雑な思いで見つめていた。

やっぱりビアンカは、アランのことを一人の男性として見ている。

そして、エミリーのことは―――・・・。


二人が中央に立ち楽士が音楽を奏で始めると、ペアを組んだ男女がなだれ込むように次々と真ん中に進み出た。

ぽつん、と、残されるエミリー。

その寂しげな姿を捉え、一目散に駆け寄って来たのは。



「王子妃様!こんばんは!」



サディル国のニコル王女だった。

サンドベージュ色の長い髪を結い上げパーティ用のドレスを着た姿は、昼間よりも格段に大人っぽく見える。

元気さは、変わらないけれど。



「こんばんは。ニコルさん」



エミリーが微笑みながら挨拶をすると、ニコルの唇がツンと尖った。



「ね、王子様をビアンカ様に取られちゃったね。あのお方、毎年一番にアラン王子様と踊るらしいの。2~3曲は離さないって、さっきお兄様が言ってたわ。毎年そうだから、今年もだろうって。王子妃様がいるのに、失礼よね!」



うっとりとした表情でアランを見つめるビアンカを顎で示し、ニコルはぷんすか怒っている。

エミリーは、何とも答え難く、曖昧に微笑んでおいた。

ここは、国同士の社交の場。

ペアで来ていたとしても、パートナーがダンスに誘われるのはよくあること。

ましてや、アランは王子なのだから―――



「あー!あんなにくっついてるぅ!王子妃様、ね、見て見て!んもぉ~っ」



ニコルに腕を引かれて前に進んで見れば、アランの胸にぴたりと頬を寄せるビアンカの姿が見えた。