シャクジの森で〜青龍の涙〜

扉が開かれて、アランが近付いて来るのが窓ガラスに映る。

エミリーは、それに見惚れてしまっていた。


迎えなければならないのに、振り向くことが出来ない。


鏡のようにはっきりと見えないけれど、とても立派な王子様がそこにいる。

毎年この国に来るたびに、ビアンカに強く望まれていたのではないだろうか。

つい、そう思ってしまう。

だって、そこにいるお方は、それほどに素敵なのだから。

このお方を望まない女性なんて、この世に存在しないのではないだろうか。

でも、アランは世継ぎで国を出られなくて、だからずっとお断りしていて―――・・・。


いろんな想像が、エミリーの頭の中で繰り広げられる。


窓ガラスに大きく映ったアランの姿。顔はよく見えないけれど、煌くブルーの瞳は、自分だけを見てくれているのを感じる。

ピタリと止まった影から伸びた腕が、前にするりとまわってくる。

同時に、頭の位置もス・・と下がって、唇の辺りが耳元に近付けられた。

リップ音が二度鳴って“綺麗だ”と囁かれ、エミリーの胸が、とくん・・と波打つ。

何度抱き締められても、ちっとも慣れない。



「エミリー、待たせたな。・・ん、何を考えておる?」

「ぇ・・・と、なんでもないです。ただ、なんだか嬉しいの」



エミリーは逞しい腕に包まれながら幸せを感じていた。

とてもとても独りよがりなことだけれど、好きになったお方が世継ぎの王子で良かったと、初めて思った瞬間だった。

もしもそうでなかったら、もしかしたらこの国に婿入りしていたかもしれないのだ。

アランが短命になってしまうなんて、少し考えただけでも胸が張り裂けそうに苦しくなる。


レオナルドが言っていた、内緒の秘密ごと。

確かに、ヴァンルークスが通称風の国と呼ばれてることや、王がいないことは、訊くまで教えられなかった。

エミリーには知らされていないことがもっとたくさんあるのだと思う。

けれど、アランにとっては、言いたくても言えない政治的な事情があるに違いないのだ。

人の言葉に惑わされてはいけない、信じようと、改めて強く思う。



「こちらを見よ」



くるんと身体の向きを変えられると、ガラス越しとは比べ物にならない、凛とした姿のアランがいる。



「エミリー・・・初の外国での宴だ。緊張しておるな?」

「はい。少し・・・けれど、平気です。アラン様がいっしょですもの」



ちょっぴり心配げなアランに、にこっと微笑んで見せると、ふわ・・と表情が柔らかくなって額に唇が落とされた。