シャクジの森で〜青龍の涙〜

気を取り直して出した雪花の泉のこと。

お願いするように見上げるエミリーの瞳に、困ったように首を傾げているアランが映る。

やっぱり遠すぎるのだろうか。



「あ、今日でなくてもいいの。アラン様が時間がある時でいいの。だから――」

「そう、だな・・・うむ、確かに美しいゆえに君が行きたくなるのは分かる。だがあの泉には、君は近付かぬ方が良い」

「・・・どうしてなのですか?」



もしかして、行くまでの道のりが危ないのだろうか。

じっと見つめ続けていると、アランは暫くの間躊躇する様子を見せたあと、ゆっくり口を開いた。



「・・・他国の政情が絡むことゆえ、君にはあまり詳しくは話せぬのだが・・・これは、仕方あるまいな」



この瞳には、敵わぬ。

駄目だと申しても、君は納得せぬだろう?


そう言いながら、アランの掌がそっと頬を包み込む。



「他言はせぬように。良いな?」



言い聞かせるように言った後、アランはエミリーに歩くように誘導した。

石の敷き詰められた小道を歩くジャリジャリとした音に混じり、アランの大きさを絞った声がエミリーの耳に入ってくる。

隣を歩く者だけに聞こえる、絶妙な声の大きさ。

エミリーは一言も聞き漏らさないようにと、真剣だった。



「この国には、王が居らぬ。王子が生まれても育たぬのだ。他国より王を迎え入れても皆若くして亡くなる。それが何代も続き、今はもう王族の血自体が途絶えつつあり、この国は今、滅びに瀕しておる」

「ぇ・・・ほろぶ・・?」



衝撃的な言葉。

エミリーは思わず立ち止まって、アランを見上げた。



「・・そんな・・・もしかして、今は、ビアンカ様ひとりきりなのですか?」

「実質国の代表を務めておられるビアンカ殿は、現女王ただ一人の娘だ。女王はご存命だが高齢で病に伏せっておられ、滅多に人前には出ぬ。空に召されれば、王族と呼べる者は、ビアンカ殿唯一人となる―――・・・」




・・――――一人きりの王族。

ビアンカはとても寂しいに違いない。

それに、国の存続を担う重責も負っている。

男性王族が短命だなんて、一体どうしてなのか。


最後にアランは“原因はいろいろな説があるが、その一つが、雪花の泉にある、と私は考えておる”と言った。

“泉が凍てついたことをきっかけに、全ては始まっておる”とも。



「泉が凍てついたことと、なにか関係があるのかしら。アラン様は危険だから近付くなと言ったけれど・・・でも、そういえば、アニスさんは―――」



そうなのだ。

彼女ならば何か知ってるかもしれない。


エミリーがアニスの言葉を思い出した、ちょうどその時、部屋の中にノック音が響いた。



『エミリー様、アラン様が来られました』