シャクジの森で〜青龍の涙〜

時は経ち、今は夕暮れ。

エミリーは部屋の窓から変わりゆく景色を眺めていた。


眼下にある都街の家並みがオレンジ色に染まって見える。

赤い屋根に夕陽のオレンジ色が重なり、まるで燃えているかのよう。

その鮮やかな色を、山の黒い影が徐々に飲み込んでいく。

だんだんにすみれ色に染まりゆく空には星が瞬き始め、二つの月が地上の闇の部分を優しく照らし出していた。


山に囲まれたとても小さな国ヴァンルークス。

大きさで言えば、ギディオンの半分もないくらい。



「小さいけれどとても美しい国。けれど、とても哀しいところ――――」



“この国は、滅びに瀕しておる”

お庭を散策しながら、アランはぽつりぽつりと話してくれた。

エミリーが、雪花の泉のことを口にしたあのときに―――




城の中庭には、池があった。

小さな赤い橋の上から覗き込むと、きらきらと光る水の中には色とりどりの綺麗な魚がたくさん泳いでいるのが見えた。

これも、ギディオンの城にはないもの。

ギディオンでは、生き物を飼う習慣がない。

家畜として飼うことはあっても、こんな風に、愛でるために飼うことはないのだ。

久々に泳ぐ魚を見たエミリーは、嬉しくてつい夢中になってしまっていた。



「エミリー、あまり身を乗り出すでない。危ないゆえ」



華奢な腰にある手に力が入り、身を乗り出していた身体はぐっと引き戻され、すっぽりと両の腕の中に入れ込まれた。

エミリーとしては、しっかりとした欄干もあるし危険な行動ではなかったのだけれど、アランにとっては違っていたよう。

見上げれば、心配げな色を宿したブルーの瞳がじっと見つめていた。



「何があろうと、この腕は、君一人守り支えるのは簡単だ。だが、私の心臓はさほど強くない」

「ぁ・・ごめんなさい」



このくらいなら平気なのに、と反論しようと思ったけれど、出発の時に言われたことを思い出して、やめておくことにした。

そう、ここは国が違うのだ。

小さな油断一つが危険を呼んでしまうこともある。

自分よりも数倍に旅慣れてるアランの言うことを、しっかり聞かなくてはいけないのだ。



「ぁ・・・そうだわ。アラン様?“雪花の泉”は、ここからは、遠いのですか?」

「ん?君は誰にそれを―――・・もしや、アニスか?」

「はい。凍てついてしまってるけれど、とても美しいと聞きました。アラン様は見たことあるのでしょう?わたしも、ぜひ行きたいのですけれど―――だめですか?」