シャクジの森で〜青龍の涙〜

帰っていくレオナルドの姿が見えなくなると、エミリーは腕の中から解放された。



「少々このまま待っておれ。良いな?」



そう言うアランに、ただ頷いて見せる。


エミリーはざわついた胸を押さえこむように、ドレスのスカートをぎゅっと握った。

アランは、ウォルターとシリウスに何事かの指示をしている。

もう一度向き合うまでに、いつもの自分に戻らないといけない。

アランは、この国に来るまでの間中ずっと難しいお顔をしていたのだ。

エミリーには政治の事はなにも分からない。

だから余計に、他のことで煩わせてはいけないと思う。


それにずばりと秘密の事を聞いても、そんなものはない、と答えるに違いないのだ。


それなら、自分が信じればいい。


それは、とてもとても簡単な事なのだから―――



「エミリー、私が居らぬ間、何があった?何故部屋を出た?怒らぬゆえ、包み隠さず話して欲しい」



心配げな色を含んだ声が、エミリーの上から降ってくる。

優しいアラン。

秘密の事なんて、嘘だと思いたい。

けれど、この香りは?

移り香があるほどに、ビアンカ様と―――?



「何を、我慢しておる?」



そう言ってアランは跪いて、ドレスを掴む小さな手をそっと解き、指先に口づけた。

そのあと両手をしっかり握り、僅かな変化も見逃さないよう注意深く全身を見ている。


目を合わせれば、全てを見透かされてしまいそう。

エミリーは、視線を避けるように、横向きがちになって口を開いた。



「何もがまんしてないです。でも、少し変わったことがあったんです」



レオナルドが来る少し前に、サディル国の王女様が訪ねてきたけれど、すぐに帰ったことを伝えた。

すると突然に、アランの声色が険しいものに変わった。



「サディルが?ここに来られたとは、それはまことか。王女一人だったか?」



スッと立ち上がった気配に驚いて反射的に目を上げれば、馬車の中と同じ表情が映る。


無害に見えるとても可愛い方だったけれど、他国の王女様。

やっぱり無暗に部屋に入れないのが、正解だったよう。



「はい。一人ではありません。御付きの爺と数人の護衛の方が一緒だったわ。その時お見送りしてて、お部屋の外に出てしまったんです」