シャクジの森で〜青龍の涙〜

「―――あぁ、そうだ。ちらっと見たんだが、今さっきここにいたのは、サディルの王女だろう。何か言ってたか?」

「いえ、特になにも。ごあいさつに来てくださっただけです。アラン様がお留守だと知って、すぐに帰られました。あの・・・手を、はなしてください」



今度ははっきりと言ってみた。

そうしたら、青年は、握ってる手の方をチラッと見て、ふ・・と微笑んだ。


ようやく気づいてくれた様子。

放してくれそうな気配にホッとして、エミリーは更にアピールするように、微笑み返した。



「あぁ、これか?それは、無理だな」

「え?どうしてなのですか?」

「何故なら、今、手を放したら、私は―――」

「きゃっ」



突然に、ぐいっと手を引かれてバランスを崩したエミリーの華奢な身体は、青年の胸の中に簡単に収まった。



「―――こうしてしまう」



手は放されたけれど、今度は腕の中に閉じ込められた。

強く抱き締められているわけではない。

けれど、動きは完全に封じられていた。



「放してください」

「おっと。大きな声を出してはいけないな。君は今、廊下でただ一人。誰も守るものはおらず、かなり危険な状態だ。いいか?私は、守っているつもりだよ」



囁きかけるような甘い声が、エミリーの頭の上から降ってくる。

「これ以上何もしない」とも言ってくる。



「あ・・・それなら、お部屋の中にもどります。ありがとうございました」



そうなのだ。

アランからは、部屋から出てはいけないと言われていたのだ。

エミリーは、自分の目の前にある動かない胸を、力一杯押してみた。

けれど、どんなに強く押しても、か細い腕の力では青年の腕はピクリとも動かない。



「君の力では、無駄だ。観念してくれ」



何を観念するというのか。

確か、何もしないと言っていたはずで―――?



「あ、アラン様は、すぐに戻ってくると言ったわ。だから―――」

「放せ、か?あぁ困ったな―――では、こう言えばいいか。君に話したいことがある」

「話・・・ですか?」

「あぁ、そうだ。アランのことを、聞きたくないか?彼は、多くを語らないだろう?君に内緒の秘密があるはずだ」

「ないしょの・・ひみつ・・・」



―――アラン様の?



胸を押す力を緩めて見上げるアメジストの瞳に、優しく微笑む顔が映る。