シャクジの森で〜青龍の涙〜

いつも呼ばなくても来てくれる、とても信頼できて、いるだけで心強い人。

こうしていても姿が見えないなんて、初めてのことだ。

旅先のことだからと、兵士団で細かい打ち合わせか何かを、しているのだろうか。



「あー、全く。アランは何をしてるんだ。君を一人にさせるなどと」



青年は、エミリーの横をすり抜けて、ノックもせずに扉の取っ手に手を伸ばした。

イライラを含んだ声でアランの名を呼んでいる。

エミリーは、急いで青年の袖を掴んでその行為を止めた。



「待ってください、違うんです。アラン様のお部屋はあちらなの。それに、今は、ビアンカ様に呼ばれてお留守です。戻ってきたら、お伝えしておきます。何かご用事があって、来られたのでしょう?」



すると、青年は「ん?」と言って動きをピタリと止め、エミリーの方を向きざまに、自らの袖を掴んでいる小さな手を握った。

エミリーを見下ろすグリーンの瞳が、キラッと光る。



「ビアンカ殿に?ふん、そうか。早速、というわけか・・・これは、暫くかかるな」

「・・・え?」

「あぁ・・いや、すまない。こちらのことだ。それに―――特にアランに用事はないんだ。私は、君に会いに来たのだからね。しかし・・・へぇ、二人一緒の部屋じゃないのか」



“それは、それは”とか、“やるな”とか、全部が聞こえないほどに小さな声で、青年はぶつぶつと呟いている。

その間も、エミリーの手は青年の大きな掌の中。

しかも、何故だかどんどん強く握られていく。


戸惑うエミリー。


見れば、青年は顎のあたりに手を当てて、何か深い考え事をしているよう。

きっと、無意識なのだろうと思えた。



「えぇ、そうなんです。多分、お部屋が狭いからだとおもいます。わたしの持ち物だけで、クローゼットがいっぱいになってしまったもの。あの・・・?すみません。手を―――」



握られた手をもぞもぞと動かしてやんわりと訴えてみるエミリー。

けれど、青年は何も反応してくれない。

それどころか、却ってきゅっと握り直され、おまけに、くいっと引き寄せられてしまった。

胸のあたりが、間近に迫る。



「はなし――」

「君の部屋が狭いって?そう、か。ならばアランのほうも、か?」



グリーンの瞳が、エミリーの部屋の扉を睨むようにして見た。

何を考えているんだろうか。