シャクジの森で〜青龍の涙〜

「はい?」



振り返った瞳に映るのは、手をサッと上げて、スタスタと歩いてくる青年。

アランと同年くらいで、緑がかった黒髪にすらりと高い背。

優しく細められたグリーンの瞳がエミリーを見ている。

やっぱり、見覚えがあって、知ってる人だ。

けれど―――



「こんにちは」

「あぁ。久しぶりだね。長旅で疲れていないか?国境越えはどう?大変だっただろう?」

「ぁ、国境は、わたし眠っていたものですから、わからないんです。えっと、あなたは―――?」



にこっと笑んで、首を傾げて見つめてみる。

すると、青年の表情がふわりと柔らかくなって、大きく一歩近づいてきた。

エミリーの頭の中で、いろんなシーンの記憶はよみがえる。

そのはしっこに、いつもいたこのお方。

行動がとても印象的だから、却って肝心なものをすぐに忘れてしまう。



―――えっと、お名前は、何だったかしら。レ・・・がついていたような?



「あぁ、私は昨日のうちに来たんだ。毎年来るから国境越えは慣れてるが、それでも、ヒヤッとすることがある。だから君は、眠ってて正解だよ。全く。ここは美しい国だが、あれだけはいただけないな。あぁ、どの道君は、アランにしっかり守られているか。彼の平常心は尋常じゃないからな」



彼には、風の神もひれ伏すんじゃないか?

馬車もそうそう揺れなかっただろう。

そう言って、ハハハと笑う。

はきはきとものを言って、爽やかで快活な感じ。



えっと、そう。

このお方はルーベンの―――



「で、アランは部屋か?」



グリーンの瞳が移動して、エミリーの脇にある扉を見る。

その表情が、少し訝しげだ。



「君を一人で部屋の外に出すとは、らしくないな。それに、例の厳つい護衛はどうしたんだ?何度断ってもついている、例の――」



青年の端正な顔が、訝しげなものから、眉をしかめたものに変わる。

以前あったときと同じく表情は豊かで、なんだか可笑しく思えて、エミリーは自然に笑みが零れた。



「え・・シリウスさんですか?」



そういえば。

言われるまで思いもしなかった。

シリウスの姿がどこにもない。