シャクジの森で〜青龍の涙〜

―――侍女に間違えられてしまうなんて。



「妃にあるまじきことだわ。やっぱり、わたしには気品がないのかしら・・・」



生まれながらに高貴な方には、付け焼き刃の品なんて簡単に見破られてしまうのかもしれない。

宴では、粗相をしないようにしなくてはいけない。

エミリーはマナーのおさらいをしようと、教本を探し始めた。

何度も読み込んで、線を引いて、ボロボロになった本。

確か、荷の中に入れたはずだった。

クローゼットの引き出しをガサゴソと探る。

けれど、何処にも無く―――



「おかしいわ。持ってきてなかったのかしら・・・」



残念に思いながら引き出しを閉めようとすると、ひとつの布の包みが目に入った。



「そういえば。これを持って来たんだっけ」



この国では、アランの用事が主。

きっと時間があるだろうと思って、刺繍の道具を持って来ていたのだった。

やりかけのタペストリー。

シャクジの花の刺繍が、森を思い出させる。

遠いギディオンの国が身近に感じられ、刺繍の先生の言葉が思い出された。




“刺繍は良いものですわ。針を運んでいますと無心になれますの。嫌なことも全部忘れてしまうのですわ”


“いいですかエミリーさん。あなたは、誰が見ても立派な妃なのです。どうか、自信を持ってくださいね”



皇后にかけられた言葉も思い出した。

ビアンカが何を不快に思ったのか分からないけれど、エミリーは、自分らしくしようと思った。

一般人なのは、今更なのだ。

アランの妃だと、行く先々で注目されるのも分かってることなのだ。

それを覚悟して妃になったのだ。



「わたしったら・・・しっかりしなくちゃ」



不安な気持ちは表に出てしまって、しなくてもいい粗相を呼びこんでしまうもの。

エミリーは心を落ち着けようと、アランが戻るまで刺繍をすることにした。


しばらくすると、シャルルの籠が部屋の中に運び込まれてきた。

けれど、シャルルの姿がない。



「あの・・・シャルルは、どこに?」

「預かっていた者が散歩に連れ出してございます。ストレスがたまっているようだから、と。後程にお連れするそうで御座います」

「そうなの。ありがとう」



アニスならば安心して任せられる。

それに、仲良しになってくれたリードも一緒なのだろうし。


しばらくそのまま刺繍をしていると、再び扉がノックされた。

アランならば、ノックの後すぐに部屋に入ってくるから違うはず。

それに、気のせいか、廊下の方が少し騒がしい気がする。

誰が来たのだろうか。




「・・・アニスさんですか?どうぞ」


『失礼致します』



柔らかい感じの男の人の声が聞こえて、扉がゆっくりと開いた。



「こんにちは!」



と、元気な明るい声。

そこにいたのは、見知らぬ女の子だった。