「そうですわね。とても美しい国だと思いますわ・・。実は、私の母は、ヴァンルークスの出身なのです。幼い頃に、寝物語にあの泉のお話をよくしてくれていました。そのお話が大好きで、私が、毎晩せがんでいたのですけど―――」
そう言って、アニスは懐かしげに瞳を細める。
その表情は、もしかしたら、アニスのお母様はもうこの世にいないのかもしれない、そう思わせるものだった。
家族に会えない寂しさは、エミリーにも十分に分かる。
「・・・アニスさんは、どうして、ギディオンに来たのですか?」
「あ・・・オルゴールを直してもらいに、職人さんを探していたのです」「
「オルゴール、を?そのために、来たのですか?」
「はい。母から受け継いだもので、代々伝わるとても大切なものなのです。けれど、壊れてしまったようで、もうずっと何年も動かないんです。それは、私が幼い頃からずっと。だから、物作りに長けていると噂のギディオンの職人様なら、直していただけるかと思いまして―――」
でも、直りませんでした。
そう言って、アニスは哀しげに微笑む。
「そうなのですか。それは残念でした。せっかく―――」
「―――エミリー!」
ロビーの中にアランの声が響き、アニスは弾かれたように立ち上がった。
「っ、王子妃様、これで失礼致します。おやすみなさいませ」
「えぇ、おやすみなさい」
丁寧に一礼して部屋に戻って行くアニスの背中を見送り、アランは足早にエミリーの傍に近寄った。
「何を話しておった?」
「この国の景色のことです。あの絵が、とても素敵なものですから」
「そうか―――身体は、冷めたか?飲みものも部屋に持たせてあるゆえ、戻るぞ」
「はい。アラン様」
エミリーにとって、アニスの話はとても興味深いものだった。
寝物語の泉のお話も聞いてみたいと思う。
それに、ちょっぴり気になることも言っていた。
差し出された腕に掴まって歩きながら、エミリーはアニスともっと話をしたいと、強く思ったのだった。


