「ここで、暫く休んでおれ。私は、少々宿の者と話をしてくる。動くでないぞ。何かあれば、大きな声を出せ。良いな?」


何度も念を押すようにそう言って、アランは廊下の奥に消えて行った。


湯浴みを終えたエミリーは、ロビーにあるソファに座り、火照った身体を冷ましていた。

いろんな意味で薔薇色に染まった肌は、ほかほかと湯気が出そうに、熱い。


ひんやりと冷たいロビーの空気がとても心地よく感じる。


外には東洋風に作られた庭があり、ロビーの壁にはたくさんの絵画が飾られている。

山のある風景に、森の中、綺麗な泉、どれもヴァンルークスの景色を写しとったもののようだ。


夜遅い時間、しんと静まった中に、かた・・と物音がした気がした。

そちらを見ると、湯の方から歩いてくる人の姿が見えた。

廊下にもある絵画を見ながらゆっくり歩いている。

桃色ベージュの髪の、あれは―――



「―――アニスさん!」



声を掛けると、一瞬驚いたような表情を見せた後に一礼して、アニスはエミリーの傍に近寄ってきた。



「失礼致します。王子妃様も、湯あがりで御座いますか?」

「えぇ。少し、長湯をして熱くなりましたので身体を休めているのです。アニスさんは、お身体の具合はよくなりましたか?」

「はい。あの時は大変申し訳御座いませんでした」



エミリーは、ソファを指して隣に座るよう促し、落ち着いたのを見計らって話しかけた。




「今、絵を、見ていたのですか?」

「はい。泉の絵を見ていました。昔はとても綺麗だったのだな、と感慨深く見ておりました」




アニスは、ロビーにもある泉の絵を指し示した。

そこには、水面に周りの緑を映す美しい泉が描かれている。

アニスは、廊下には奇麗な花を映す絵が飾られていると言った。

きっと、四季の表情それぞれを描いてあるのですね、と微笑む。




「この国は、とても美しい国ですね」



エミリーはまだ夜景しか見ていないけれど、絵画を見れば、そう思えた。

どれもこれもギディオンとは違った美しさを描いている。