息ができない。
苦しい。
苦しい。
呼吸はできるのに、ちゃんとしているのに、苦しくてたまらない。
目の前のプールで泳ぐ、美しい人。
無駄のない身体が描く、完璧なフォーム。
僕は、ストップウォッチを握りしめたまま、唾を飲み込んだ。
いつ見ても見とれてしまうスイマー。
他の部員はもう、いない。
彼だけが、居残って、ひたすら泳いでいる。
いつ頃からか、彼を“恋”の対象として見ていた。
ずっと、ただの友達を装っていた。
競泳用の水着って、どうしてあんな、際どい形なのだろう?
どうしても目がいってしまう。
あの中の逞しさに、貫かれてみたい。
貫いてみたい。
僕は、もはや不純な目でしか、彼を見れなくなっている。
無数の水滴を引き連れて、彼がプールサイドに上がってくる。
取り去られた水泳帽から、はらりと黒髪が乱舞する。
美しい。
「悪いな、付き合わせて」
そう言いながら彼が近づいてきたので、僕は思わず、うつむいて日誌に目を落とした。
気づかれたくない。
知られたくない。
だけど、できる事なら――
スッと、彼の指が、僕の顎にかかり、顔を上向かせた。
心臓が、口から飛び出しそうになる。
僕の脳ではいつだって、彼に激しく犯されている自分がいる。
手首を捕まれ
足を開かれ
荒い呼吸の下で悶える僕自身の姿――。
「何、想像してんの?」
勝手な視姦に僕の中心は、熱く火照っている。
「俺と、やりたいんだろ?」
まるでのしかかるように僕の顔に顔を寄せ、彼がそう、言った。
彼の濡れた膝が、僕の局所を強く押さえつける。
「捕まえてみな」
触れあうほどに唇を寄せた後で、突然、彼が踵を返し、プールに飛び込んだ。
大きな水飛沫が上がる。
“捕まえてみな”
苦しい。
息ができない。だけど――
僕は日誌を放るとジャージのまま、プールに飛び込んだ。
揺れる水面に、欲望が溶けてゆく。
僕は、その泉に、迷う事なく、腕を伸ばした。
水面が、揺れる。