しかし、人間界で乃莉子を見て、彼方は少しだけ動揺し、安心した。


何故なら乃莉子は、彼方が幼い頃から特別な気持ちを抱いている悪魔に、容姿が似ていたからだ。


いつか人間の娘を、妃にしなければならないと分かっていても、抑えられなかった恋心。


魔王から人間界行きの命を受け、愛しい人を諦める事を、やっと自分に言い聞かせた。


この人間なら・・・。


黒く艶めく長い髪は、しなやかに潤っている。

長いまつ毛の瞳には、凛とした光が宿り、その中にも清楚な優しさがある。

未だ見せない笑顔は、時折それを見る者にとって、宝石の輝きのようにさえ感じるのだろう。


まさに悠が、乃莉子に堕ちたのは、この笑顔のせいであった。


彼方は心の中で
『シラサギ』
と、呼びかけてみる。


目の前で自分に鋭い視線を投げかけている、人間の美しい女に。


返事は返ってこないと、分かっていても。