それより30分後、アスカも簡単に身支度を済ませて家を出た。


2080年10月最初の日は、清々しい陽気に包まれた穏やかな晴天の一日となるという予報どおりの空をしている。


アスカは胸一杯に朝の新鮮な空気を吸い込み、吐き出した。


眼下には、階段状に並ぶ住宅地が続き、さらに向こうには大阪湾と、そこに浮かぶ巨大な人工島、阪神メガフロートが見える。


アスカが住むこの地は、近畿道内有数の大都市で、「紀州市」と呼ばれていた。











2030年代から目に見えて規模が拡大した海抜上昇により、日本の国土の約四分の一が海中に没し、およそ3000万人が住居を失ったと言われている。


その対策として取られたのが「ハイランド計画」───つまり、日本各地の山岳地帯などの高地を徴発し、そこに新たな都市を築くというものだった。


紀州市は、トリオ(三大巨大企業)のうちの一つ、「ハヤカワ・コンツェルン」が本拠地と定めた都市であり、その繁栄ぶりは「かつての三都(大阪・京都・神戸)を合わせても到底かなわない」、とまで言われていた。


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