静まり返った病院の廊下は
窓から入り込む陽射しとは裏腹に
冷たい空気をはらんでいて。
少し前を歩く初老の医師に
声を掛けた。
「あの人は、もう、だめですよね」
ゆっくりと振り返った医師の顔は
会ったときと変わらない。
「滅多なことを言うものじゃないよ」
優しくも、厳しい声。
「私は、医者のたまごです。あの人が大丈夫じゃないことぐらい解ります」
医師は何も言わない。
「それに、あの人も医者のたまごです。自分が大丈夫じゃないことぐらい、解っています」
視界が滲んで、声が震える。
医師は黙ったまま。
「知識でも、実感でも、大丈夫じゃないって解ってるあの人に、なにを言えばいいんですか?」
溢れた涙は止まらない。
「馬鹿なふりして、大丈夫だよって、言えばいいんですか?」
医師は黙って、私を見ている。
「もう駄目だって解ってて、無理矢理繋いだ生(今)は、辛い症状と副作用に苦しんで。そんなあの人に、それでも生きてって、言ってもいいんですか?」
もう半ば叫ぶような私を
医師は黙って見守って。
「あの人になにを言えば、あの人は救われるんですか?」
息を切らしてしゃくりあげる私を
医師はしっかりと見たままで。
「もう、医者になって20年近くになる。医者になってから、ずっと君と同じ答を探している。そして今もまだ、探している」
医師は、そっと私の肩に手をおいて。
「なにも言わずに、ただ、傍にいてあげなさい」
小さく頷いた私に背を向けながら
医師は独り言のように。
「それにしても、あの患者は幸せ者だ」
「こんなにも」
「愛されて」



