魔王に甘いくちづけを【完】

あれから馬車はガタガタと進み、どこか遠くに向かっているようで、なかなか目的地に到着しなかった。

目隠しをしているせいか、とても長い時間乗っているように感じられた。

目的地に着いた後もなかなか腕の拘束を取って貰えず、娘はただただ恐怖に怯えていた。

娘が今いる部屋は楽屋のような所で、鏡と椅子がたくさんある。

メイク道具がたくさん鏡の前に置かれ、壁際にあるハンガーラックには、何かの衣装なのか色とりどりの服がたくさん掛けられていた。



コンコン・・・


「失礼するわ」


仮面をかぶった女の人が入ってきて、娘に近付いてきた。


「あなたは誰?私に何をするの・・・嫌、触らないで」


「大丈夫よ。あなたを綺麗にしに来ただけだから。大人しくしてて」


娘が立ちあがって逃げようとするのを女は手で制した。

すると、娘の体は何故か思い通りに動くことが出来ず、自然に椅子に座ってしまい、不本意にも女の手を受け入れていた。

何か言おうにも声を出すこともできない。

女の手が娘の顔にパフを押し当て、手際良くメイクし始めた。



「髪はどうしようかしらね・・・・この綺麗な黒髪―――」


女は丁寧にブラッシングしながらぶつぶつ呟いた。

鏡の中の娘の姿がどんどん綺麗になっていく。

泣いて崩れていたメイクも、担がれてくしゃくしゃになっていた髪も整えられ、娘はどこかの国の姫のように美しくなった。



「これでよしっと。これだけ綺麗にすれば、あいつも文句はないでしょ。もう少し大人しくしててね」



女は満足げに呟き、娘を一人残して部屋を出ていった。


ドアがパタンと閉められた途端、娘の体は自由になった。



「今のは何だったの・・・?」


あの人がいる間、何か不思議な力が働いて、全く動くことが出来なかった。