絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ


 ここで宮下と話をしたことがある。
 あの時彼は、私を口説こうと、非常に大人びた態度で、優しく見守るように、そして、隙なく迫るように「香月の心を変える自信があるからだよ」と言った。
 榊との過去から逃れられない私を開放しようとして、結局は、「宮下との過去」というものを作り上げたにすぎなかったが、それでも、何もないよりは遥かに成長したのかもしれない。
 今の自分にとっては、宮下上司と付き合った過去も、全てひっくるめて巽が私を好きだと言ってくれるのならば、それで良かったのかもしれない。
「あ、お疲れ様です」
 6時10分過ぎ。ようやく宮下は姿を見せた。もう定時の仕事は終わっているので、今は残業の合い間だが、もちろん完全なスーツだ。それを見てようやく、自分は、昨日の夜から着ているティシャツとジーパンだったことを思い出す。
「悪いな、有給のとこ」
 言いながら対面して腰かけ、宮下はすぐにコーヒーとオレンジジュースを勝手に注文した。その、慣れた雰囲気に、一瞬妙な錯覚を起こしてしまう。
「……あれ、オレンジジュースで良かった?」
 黙っているこちらに気付いて、宮下は聞いた。
「あ、はい。すみません……」
 自分達は、長い時間ずっと近くにいる。
 今更そんなことを思い出しても何にもならない。
「今日の朝、東京マンション行ったよ。取引先から行ける距離だったから。携帯かけても出なかったけど、落ち込んでるといけないと思ったから寄ったんだが。
思いがけず最上が出て、ビックリした」
「え……」
 香月は顔を上げて目を見開いた。
「宮下部長は……あ、佐伯です。今は」
「あ、そうか。離婚したんだってな……」
「あの、佐伯が私のうちにいることを知らなかったんですか?」
「……まあ、直接連絡は全くとっていなかったからな。今も会社に籍はあるんだろうけど」
「え……あ、そうですか……」
 ということは、佐伯の相手は宮下ではないことになる。いや、最初からそんな可能性あまり重視してはいなかったが。
「それで」
 宮下は間を取らずに続けた。
「西野のことも少し聞いたが何も知らないようだったし。で、香月も彼氏のところに行っているというし」