絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

 香月は隣で既にブラックコーヒーを飲み干してしまっている巽に言った。
「送ろう」
 当然だとでも言うように、返事をしてくれる。
「……ごめんね、こんなとこになって……」
「丁度休みで良かったじゃないか。また仕事を休むよりは、遥かにいい」
 また、という言葉が引っかかったが、今は無視しておく。
「ほんまに、オーストラリアに行かんで良かったよ! 今オーストラリアだったら、俺ゴタゴタで宮下さんと2人、どうすることもできひんかったし!」
 そこまで言われると、行けばよかったと少し後悔もするが。
「そだね……」
 と、こちらも留めておくまでにする。
「じゃあ、行こうか……。まずは佐伯に服渡して、だね……あ、お腹すいたなあ。何も食べてないんだった、昨日の夜から」
「シュークリーム食べてく? 冷蔵庫にあるよ」
「あ、ほんと? じゃあ車で食べようかな。あなたはどうする?」
 既に立ち上がった巽を見て聞いた。
「俺はいい」
「……ごめんね」
 言いながら、香月も立ち上がった。
「ご飯も食べられないくらい、振り回して」
「仕事中は食事がとれないことも多いからな、一日食わないこともザラだ」
「だって」
 香月はユーリを見て言ったが、
「じゃあ一つだけ取ってくるね、プリン味のやつ」
「プリンかあ……まあいいや、この際プリンでも」
 ユーリはすぐにキッチンからシュークリーム一つをそのまま取って来ると、香月に手渡した。
「ごめんね、ありがとう。貴重な食料を」
 プリン味のシュークリームには、予想通り「ユーリ」と名前がマジックで書いてある。
「ええよ、この際。プリンやから」
 何か一つ冗談をかましたいが巽の手前、言えない、ということが視線で伝わる。
「じゃあね、行ってくる。帰って来るのは、今度こそ一週間後だと祈って」
「別に今日でも明日でもええやん」
 ユーリはにこやかに笑った。