「……ありがとうございます」
 まさか感謝されると思っていなかったので、相当驚いた。
「……いや……」
 一旦間が空いた。話題が全て頭から吹っ飛んでしまう。
「……ロレックスでも買おうかな……」
 香月は宮下の時計を見ながら言った。今腕に入っているのは、年季もののロレックスだ。妻の父親から譲り受けた物で、最近はずっとこれを愛用している。
「貯金、あるのか?」
「ありますよ(笑)。けど、彼氏が仕事ができるようになったら買ってやるって言うから……。まだ仕事できないけど、今仕事しようっていう時に買うのもありかなって……」
 さらりと言われても、返答に困る。
「……結婚は?」
 考えに考えて言った。
「多分しない、かな……。誰とも。
 いろんな人の、いろんな結婚見たけど、なんか、難しそうだなあって。
 あ、佐伯も元気ですよ。来年子供を幼稚園に預けたら、また復帰したいって。やっぱ店舗勤務ですか?」
「そうだろうな。本社には向いてないかな……」
「宮下部長はいいですね。幸せで。良かったです」
 何でそういう……ことを。
「……まあ」
 そこで否定するのは違う気がした。
「あ! もう12時半! すみません、長話を」
「あ、いや……」
 言いながら、もう一度弁当に手をかけた。もう食べ終えなければいけない時間がきている。
 香月はというと、まだ入っているであろうジュースを手にし、そのまま立ち上がった。
「頑張りますね、午後から。今は明日休みなのが惜しいくらいです!」