もちろん、一応考えてはある。
 香月は、息を吸い、姿勢を整えて副社長の後ろの窓を見つめた。
「私では、今の部署は手に余ります……」
「それで?」
「……私はずっと、店舗の配属を希望してきました。だけど…」
「本社勤務から離れられないから?」
「……はい」
 そう、一番の理由は絶対そこにある。香月は、確信をしながらテーブルを見つめた。
「シンガポールに行ってくれ。……そうだな。3ヶ月でどうだろう。一週間に一度、四百字、感想文でも書いて送ってくれればいい。海がきれいだとか、こんな飯がうまかった、とか」
「……え……」
「給料は今までの3倍出す。出張手当だ。もちろん、時々日本に帰ってくればいい」
 香月は、眉間に皺を寄せるのを我慢するのに、精一杯だった。な、なんだ??
「どうだ? 悪い話じゃないだろう。シンガポールに、現地調査」
「……シンガポールに進出するのですか?」
 いや、もしかしたら私が知らないだけで、皆その話を知っているのかもしれないが、一応、念のために聞いた。
「君にさせてもかまわないけど?」
 え、一体、どういう……?
「え……」
 としか、返せない。
「嫌か?」
「えっ、いや……」
「海外は好きじゃない?」
「いえ……」
 言葉に完全に詰まって、視線も泳いでばかりだ。もちろん、相手にもそれが十分に伝わっただろう。
「いやまあ、今は全く白紙だが、いつかは何かの役に立つだろう。
 そんなもんだよ。仕事なんて、全部」
 真藤が会話に真剣身を持ち出したことに、この時初めて気がついた。
「ただ、私は本気だよ? 君がシンガポールに行って、帰ってきて、またエレクトロニクスで働きたいと言ってくれれば万々歳だ」
「え……いえ……」
「海外は嫌か?」