巽は立ち上がると、まだ玄関で靴を履いたままの私を不審に思い、タバコを灰皿でもみ消してから、ゆっくりと近寄って来た。
「ううん。地下で皆忙しそうだった。ごめんね、今日、本当に全然用事とかなかったのに、時間とらせた」
「俺の時間は俺が使い方を決める、気にするな」
 さらりと髪の毛を撫でられた。なんか、少し優しい。
 今なら、笑って帰れそうな気がする。
「ありがとう……。ごめんね、じゃあ、もういいから。ほんと、顔が見たかっただけなの、私、明日も仕事だし……。行くね」
「……」
 巽は何も言わない。
「顔が見れて、良かった。今度からテレビ電話でもしようか、いや、いいや。化粧するの、面倒だから」
 不意に抱きしめられる、そんな気がした。
 だけど、それはそんな気がしただけで、すぐに巽の携帯電話が鳴り出す。
「……悪い、電話が長引きそうだ。帰るなら風間に送ってもらえ」
「うん、じゃね」
 そこで、自分で帰ると言い出すと話がながくなるから素直に従った。
 巽は自分で会社を建てて、自分で稼ぎ、食べ、生きている……。
 そんなたくましい姿を見ると、溜め息が出た。
 ああ、今日、一体何度目の溜め息だろう。