その時、一番近くのドアが開いて会話は途切れた。
「……!」
 彼だ。ここの部屋だったのか。
「いいです」
 香月は風間にだけ聞こえるようにそう言うと、先を急いだ。
 そう、今は麻薬取引法違反の話なんか、どうでもいい。
 部屋に入ると、巽は少し寛いでいたのだろうか、ワイシャツだけの格好になっていた。上着はもちろんハンガーにかけられている。
「ごめん、あの、忙しかったね……」
「エレクトロニクスの社員、というのは?」
 巽は相変わらず、タバコをふかせながら左手をポケットに突っ込み、こちらを見降ろした。
「えっ、ああ……なんというか。そういうのはよくあるのよ」
 そう、思えば寺山だって、西野だって、宮下だって特に変わりはない。
「妙な男に付きまとわれる、ということが、か?」
「……会社の人だしね……、あそうか、私もう会社行かないって言ったんだった」
「どうして?」
 巽は座って真剣に話しを聞いてくれようとする。だけど、そんな、たかが私一人が会社に行くの行かないだの、そんなことよりももっとずっと大切な仕事が巽の水面下では動いているんだ……。
「え、まあ……痴話げんか?」
 香月は少し笑った。
「ごめん……あ、おなかすいてない?」
 自分が空腹なことに気づいて聞いた。あそうだ……こういう時、今度からサンドイッチくらい持ってくればいいのかもしれない。
「いや…」
「そう……、今度、サンドイッチ持ってくるね、サンドイッチくらいなら作れるから」
「どうした?」